空が寒そう

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今日は祝日。エピファニアと呼ばれる祝日で日本語では公現祭というらしい。どのカレンダーにもエピファニアと記載されているが、人々の間ではベファーナと呼ばれる方が多いかもしれない。ベファーナは老いた魔女だ。その魔女が1月6日の祝日に良い子供たち、悪い子供たちにそれぞれ手土産を持ってやって来るという謂れである。年を取って美しさを欠いた女性のことをベファーナなどと呼んで揶揄い、昔からこの手の冗談で男女の諍いが起こる。昔から進化のない同じ冗談で同じ諍いが出来るのだから、イタリアという国は案外幸せな国なのだと思う。

今週は散策に幾度も出掛けたし、曇り空で酷く冷え込んでいるから家に居ようと決めた。空が本当に寒そう。こんなに寒そうな色でよいのかと思うほどだった。が、オレンジを切らせてしまったのでバスの停留所ふたつ分歩いて、バングラ人が営む青果店に行った。冬のサルディが昨日から始まった旧市街へ行けば沢山の店が開いているだろう。昨日立ち寄った店の人が、今週は祝日の土曜日も、そして日曜日も営業しているから、と言っていたから。しかし私が暮らす界隈はサルディとは無縁だから、祝日とあって店と言う店が閉まっていた。そう言う訳で唯一開いていたバングラ人の店は随分の客が集まり賑わっていた。やっと客の波が引き、自分の順番が回ってきた。欲しいのはイタリア産のオレンジ。熟して柔らかくて甘い、食べるためのオレンジはこうした小さい店で購入するのがいい。店主がひとつひとつ吟味して、袋に入れてくれるからだ。そんな様子を眺めていたら、ふと随分前のことを思いだした。
今の仕事に就く前は、フィレンツェに通っていた。毎朝早起きして、ボローニャ中央駅から列車に乗ってフィレンツェに通った。私が通うオフィスはヴェッキオ橋のすぐ近くの小さな広場に面した古い建物の2階で、それが実にイタリアらしくて好きだった。広場に面した大窓の外には長いテラスが備え付けられていて、反対側の窓を開けると、階下に細い道が見えた。それはくねくねと曲がりながら美術館のある広場へと続く道で、細いにもかかわらず通行人の多い道だった。さて、私は昼休みになると近所にある小さな食料品店に足を運んだ。昼食はバールやカフェで簡単に済ませ、残りの時間をそんな風にして楽しむのが好きだったのだ。高級食材店もあれば、エノテカもあった。でも、一番好きだったのは、朝仕入れた野菜や果物を店先に並べた、ごく普通の、この辺りに住んでいる人達向けの店だった。この店のオレンジの素晴らしさは今でも忘れはしない。いつものように熟して甘くて美味しいオレンジを、と注文する私に、店主がにやりと一瞬笑いながら、うちに置いているオレンジは何処のよりも美味しいから、と紙の袋にぽんぽんと幾つもオレンジを放り込んだものだ。手渡された袋の中に鼻先を入れるとオレンジのいい匂いがして、ああ本当だ、おじさんのオレンジは何処のよりも美味しそう、と言って、おじさんを喜ばせた。おじさんは単純な善人で、そう褒められると礼のひとつでも渡したくなるらしく、おまけで2つほどオレンジを袋に入れてくれたものである。それらは仕事の休憩時間に食したり、家に持ち帰って夕食の後に相棒と堪能したものだ。私がこうした小さい店で果物を買うことを、相棒は高いからと言って大抵咎めるのだが、しかしこうも美味しくては咎めようもないらしく、本当にこの店のオレンジは上手いな、とのことだった。帰りの列車の中にオレンジのいい匂いが漂って、車掌さんに揶揄われたことがある。シニョーラはシチリア帰り? と。だから私は、いいえ、このお嬢さんたちがシチリア生まれ、と言って袋を開けていい色の熟れたオレンジを見せると、ふわーっといい匂いが更に広がって、周囲の人達を驚かせた。いい匂い。ビタミンたっぷりのいい匂いが1日の疲れを癒してくれればいいと思った。フィレンツェの仕事は5年で辞めてしまった。通勤がしんどくなったからだ。フィレンツェも仕事も嫌いではなかったから後ろ髪を引かれたが、あれが潮時だったと今は思う。
バングラ人の店主は袋にオレンジを入れながら言う。シニョーラは果物に拘りがあるようだ、こんな風にどんなのが欲しいと注文つける客は、僕の店にはシニョーラだけだ、と。もしかしたら現代人は、店の人との会話を煩わしいと思っているのかもしれない。そして少しでも手早く買い物を済ませたいのかもしれない。それとも果物への情熱がないのだろうか。私は店の人とのお喋りも好きだし、それに大の果物好きだから、やはり丁寧に美味しいのを選んで貰いたい。

夕方になってクリスマスツリーのライトを点けた。クリスマスツリーも今日が最後だから、今夜は堪能するとしよう。明日にはすっかり片付けられて、いつもの生活に戻るのだ。猫はきっと寂しがるだろう。暫くの間、きらきら光るツリーの下が猫の秘密基地となっていたから。暫くは不貞腐れるろうけれど仕方がない。これが人生なのだ、と学んでもらうことにしよう。そして私の長い休暇も明日で終わる。暫くは残念な気持ちの湖に沈むだろうが、私こそ、これが人生なのだと学ばなくてはなるまい。




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