空が青い

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昨夕の嵐。大風が吹いたと思ったら大きな雷が鳴り響き、そして雨が降った。何よりも私を脅かしたのは、風に押されて空をぐんぐん突き進む、黒い雲の大群の様子だった。あまりに早く動く雲の大群に、胸騒ぎを感じた。しかし、何か恐ろしいことが起きるでもなく、秋の嵐、一瞬の嵐だった。晩も夜中に近づく頃には嵐に一掃された空は澄み渡り、しっとりと黒く、そして満月を少し過ぎて幾分欠けた月がいつもより強い光を放っていた。ほら、月が光っている。と、喜ぶ私に相棒はあまり関心を持たなかった。だから腕を引っ張って無理やりテラスに連れ出して月を見せると、本当だ、月がいつもの何倍も綺麗に光っている、と感嘆し、ようやく喜びを分かち合うことが出来た。それにしても寒い晩で、薄着をしていた私達はそそくさと家の中に戻らねばならなかった。10度もなかっただろう。もう本当に秋なのだ、たとえ昼間は気温が上がるにしても。改めて秋を確認した晩であった。翌朝の、今日の空は青い。果てしなく青く高い。雨に洗われて澄んだ空気といい、ひんやり感といい、私が好きで好きで移り住んだ、しかし相棒と共に其処を離れて22年も経つのに未だに心を奪われっぱなしの、サンフランシスコの10月によく似ていて、私を上機嫌にさせた。こんな日が長く続くとよいと思う。ボローニャの秋は何時だって一瞬だけど、この秋に限っては長く暫く居座って欲しいと思う。

10日ほど前、近所の石鹸屋さんに行った。私の大の気に入りの店だ。家から歩いて3分と掛らぬ場所に在るその店だが、案外行くのが面倒だ。理由は車の往来の多い道を渡らねばならないからだ。そのくらいが面倒では生きていくことの方がずっと面倒だと誰かに諭されそうな気もするが、私はこの通りを渡るのが苦手なのである。家を出て坂道を降りていくと在るその通りの向こう側に店がある。信号のあるところまで行くには遠すぎる。しかし車の往来を見計らって横断するには危険すぎる。そういう訳で、気に入りの店と言いながら、店に足を運ぶのは年に数回ほどである。前回行ったのは春だった。贈り物用に包んで貰った他に、相棒と自分の為に気に入りの石鹸を数種類調達した。ラヴァンダ、カモミッラ、緑茶、アロエ、カナパ。これで暫く安泰、と思っていた通り、買い足す必要が無くて、店から足が遠のいてしまった。久しぶりに店に行くと店主が歓迎してくれた。やあ、どうしているのかと思っていたんだよ。シニョーラも相棒さんもちっとも顔を見せないから。そう言われて指折り考えてみたら、最後に来た日から5か月も経っていた。店は繁盛しているのかいないのか、客はひとりも居なかった。私は少し心配なのである。この店がある場所は、過去に色んな店が存在したが、どれも長く続かなかった。場所が悪いと言うことはないが、何故だか店の回転が速い。そういう場所ってどの街にも存在するものだが、此処もそのひとつのような気がするのだ。道を渡るのが面倒くさいからと言って、一年に数回しか行かない私だが、この店には長く居てほしいと思う。何しろこんなに素晴らしい、洗い上がりの良い石鹸は、これまで見たことがないからだ。客はいなかったが、石鹸の売れ行きは上々なようで、どの種類も残りが少なかった。私と相棒の好みを周知する店主は、シニョーラにはカモミッラ、相棒さんにはラヴァンダ、と紙の上に並べていく。その傍から私が声を掛ける。アロエもね。そして店主が紙の上に並べた石鹸を秤に乗せて値段を確認して、私が財布から紙幣を抜き取る。いつもそんな風に事が進んで、またね、と言って店を出るのだが、そこで店主が声を掛けた。ちょっと待っていて。そう言われて扉に手を掛けたまま待っていると、店主はそわそわしながら右に行ったり左に行ったり、店の奥に行って背を向けて何かをしているかと思ったら、何かを背に隠しながら戻って来た。これは僕から君たちへの贈り物。そう言って差し出した右の掌には、薄茶色のごわごわした紙に包まれた、紙縒りの紐できちんと結ばれた、小さな四角いものがあった。石鹸だよ。アヴォカドの石鹸。君たちはまだこれを試していなかったから。そう言って私の手を取って贈り物を握らせると、今度感想を聞かせてほしいと言ってはにかんだ笑みを見せた。数年前のクリスマス前に相棒がこの店の石鹸をふたつ持ち帰ったのを思いだした。どうしたのかと訊けば、石鹸屋の店主が使った感想を聞かせてほしいということで、綺麗に包んだ石鹸をふたつポケットに入れてくれたのだそうだ。石鹸屋の隣のバールで隣り合わせになった時のことだったそうだ。妙な話だと思いながら包みを開いてみたら美しい薄紫の石鹸がでてきて、使ってみたら泡立ちがよく泡切れもよく、手がすべすべになって素晴らしかった。こんな石鹸見たことがないと、あっという間に夢中になった、それがラヴァンダの石鹸だった。あれから3年ほど経つが、私達が店主が作る石鹸に飽きる兆しは全くない。店主もそれを知っているからか、時々こんな風にして贈り物をくれる。贈り物のお返しは感想を述べることと、石鹸を買い求めるために店に訪れること。頻繁に足を運ぶことはない私と相棒だが、店主はそれでも良いのだろう。細く長く通う客。それが私達だ。

静かな土曜日。平和な週末だ。近所の人達はこの良い天気に便乗して、丘の方に出掛けているらしい。きっと素敵な午後を過ごしているだろう。ボローニャに残っていてもこんなに素敵な午後なのだから。秋の午後の陽は金色。空が目に痛いほど青い。小さな心配や悩み事など霞んでしまうくらい。




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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
きれいな窓ですね。
石鹸、いろいろあって楽しめますね。
ラベンダーが気になります。

2017/10/11 (Wed) 12:52 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。返事が遅くなってごめんなさい。パソコンが故障してたんですよ。とほほ。
この窓は旧市街にある建物の窓で、多分ですが200年は経っている古い古い建物なのです。窓も昔風で、趣があるという訳なのです。ところで石鹸、つばめさんにいつかお会いすることがあるならば、手土産に持っていくことにしましょう。

2017/10/14 (Sat) 23:26 | yspringmind #- | URL | 編集

わあ、うれしい。

2017/10/15 (Sun) 14:14 | つばめ #- | URL | 編集

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