アマンダの不在

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昼過ぎに雨が降り始めた。ザーッと降るかと思えばそうでもない。私が暮らすあたりから少し南下した場所にある丘の町ピアノーロでは、ちょっと予定外の強い雨と雹が降ったらしい。だから涼しくなると誰もが期待したが、単に湿度を運んでくるだけの、厄介な雨だったとのことである。それにしても一体いつまで雷が鳴り響くのだろう。もう何時間も、弱い、遠い雷が鳴り響いている。それが実に夏らしいような気もするのは気のせいだろうか。と思っていたら、強い風が吹き出した。そして雨。遠くに居た雷が、いつの間にか頭上辺りにやってきたから、これは子供騙しの雨ではなさそうだ。やっと一息つけそうな予感の雨。確実に恵みの雨となるだろう。

1992年の8月、私はアメリカで友人たちと3人暮らしをしていた。一時は日本に帰ってしまおうと思って部屋を貸す張り紙までしたのに、そして幾人かが電話で問い合わせをしてきたのに、ちょっと思うとことがあって日本に帰らなかったのは、私にとっては幸運だったに違いない。あの時帰っていたら、私は今、ここに居ない筈だから。8月になると同居人がひとり日本に帰省した。残されたのは私とハンガリー人の男性。しかし少しすると空いた部屋にアマンダがやってきた。アマンダと言うのは日本に帰省した同居人の友人でアマンダがこの家に出入りするようになってからは、私も仲良くしてもらい、いろんな面で影響を受けていた。空いた部屋にやってきた理由を、アマンダは自分のアパートメントを出たからだと言った。Bush St.に面して建つ、白くて歴史のある建物の上階にひとりで住んでいたが、家賃の大幅値上げか何かで大家さんと折り合いがつかなかったとのことだった。私は同居しているハンガリー人男性と気が合わなかったから、アマンダの登場は嬉しい以外のなんでもなかった。おばあちゃんに甘やかされて育った彼を、アマンダは容赦することはなく、彼はアマンダのことを居候のくせして威張っていると言って、アマンダが家に来て以来、留守にしがちになった。そうだ、アマンダは小気味いいほど思ったことをぽんぽん言う女性だった。そういうことで初めて会った時は多少ながら彼女を苦手だと思ったけれど、時間が経つと苦手と思っていたアマンダのことを軽快で感じが良いと思うようになり、そうしたら話は早く、彼女は私を見つけるたびに色んなことを話してくれて、私がへこんでいれば励ましてくれて、彼女の経験話なども惜しむことなく話してくれた。彼女は私より年下だったけれど、経験という面では、私より数倍多様な経験をしているようだった。そのほとんどは辛かったり苦しかったりの経験だったようだけれど、そんなことを経験したおかげで彼女は強くポジティブだった。辛いことを喜びに変える手品師のような人で、苦しいことは次の喜びへの栄養と変えてしまった。だから。だから私が好きでアメリカに暮らすようになったのに、物事がうまくいかずに落ち込んで後ろ向きになっていた頃、アマンダは私を放っておけなかったのだろう。あなたは大丈夫。これは次へのステップに必要なこと。だから次にやってくるのは喜びだから。乗り越えよう、ねえ、乗り越えようよ。アマンダは正確にいえば同居人の友人だったが、私の友人と呼びたいひとりだった。それで空いた部屋に来たアマンダは、同居人が留守の間はここに居て、次なる場所を探すのだとのことだった。そんな彼女は恋をしていて、何とかして気持ちを伝えようと思うのだが、彼の前に行くといつもの強くて軽快なアマンダは影を潜め、どうしても好きの一言が言えないのだというので私をひどく笑わせた。私はその反対で、好きの一言は案外あっけなく言うことが出来るが、他の場面ではどうしても強く出ることが出来ない。ああ、私達は全く反対の性格なのね、と言って大笑いしたものだ。結局彼女が気持ちを伝えることが出来たのは、彼が母国に帰ってしまうその日の空港でのことだった。もっと早く知りたかったと彼に言われて、アマンダは女々しかったことを後悔に後悔した。彼女は20代半ばのあの年齢にしては苦労人だったけれど、箱を開けてみれば複雑とはいえ、どこかの裕福な家のお嬢さんだった。いつも不在の母親が所有しているという、坂の上の、街の人ならだれもが知っている大きな高級アパートメント。あなたが使えばいい、と母親は言ったけれど、彼女は反発してBush St.に部屋を借りた。私は知っている。彼女は母親の愛情を一心に受けたいと望んでいたのだ。子供の頃から。物やお金ではなくて。なのに母親は何時も居ない。アマンダはいつもひとりぼっちだと言いながら照れたのは、いつもの強いアマンダではなくて弱い部分を私に見せてしまったからかもしれない。
あれからアマンダは姿を消して、誰に彼女の消息を訊いても分からない。今はネットで簡単に、昔の友人や知人を探し当てることが出来るようになったのに、アマンダだけは見つからなかった。アマンダの不在。しかし、案外今もアメリカの、あの海と坂のある町の、何処かのアパートメントに住んでいるのかもしれない。元気でいればまた何時か何処かで会えるさ、と前向きに考えるしか私には術がない。前向き。これもアマンダが教えてくれたことだ。

ほっと一息。嵐のような雨が30分ほど降って、少し涼しくなった。テラスの植物も頭のてっぺんから雨を浴びて、満足そうである。これで今夜は水をくべる必要はないだろう。雨。久しぶりの雨だった。神様からの贈り物。恵みの雨だ。




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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
なによりも、出会いと友情が宝ですね。
アマンダさんのような人に私も会ってみたいな。

2017/08/10 (Thu) 13:03 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。人との出会いは財産です。この人いいなあと思っていたら案外上手くいかなくて、この人はちょっと・・・と思っていたら実はとても気があったりして、此ればかりは付き合ってみないと分からないのですよ。つばめさんにもこういう人、きっと現れますよ。

2017/08/10 (Thu) 20:16 | yspringmind #- | URL | 編集

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