夏の旅に向けて

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今週の吉報は、昨夕から夏季休暇に入ったことだ。クリスマス休暇以来の纏まった休みで、これを実に首を長くして待っていた、と言うのは決して私に限ったことではなくて、イタリア世間一般の人達もそうであるに違いない。復活祭の休暇を一週間とって何処かへ行くなどということは、少なくとも私の半径何百メートルか何キロメートルの間には存在しない。いや、それも10年、15年前ならあったかもしれないけれど、不況になって職を追われる人が現れるようになってからは、ちょっと怖くて長い休暇をとれなくなった。兎に角、イタリアですら昔のような呑気な時代でなくなった今は、こうして大腕を振って3週間休むことが出来る夏季休暇は、人生の宝石、ダイヤモンド以上の輝きを持っているように思える。この暑い暑い毎日と、山ほどの仕事をやっつけて休暇に入った喜び。例えば冷えたスパークリングウォーターにレモンをぎゅっと絞って、ごくごくを音を立てて飲む干すような感じ。口の中から喉を通過するときにシュワーッと水が陽気にダンスをするような。

今の仕事に就いて二回目の夏、もう11年も前のこと。3週間の夏休みと言うことで、何もかもが可能に思えたから、初めの週はクロアチアのイストラ半島のポーラと言う名の海の町に、次の週は車でハンガリーへと移動して友人が待つブダペストで過ごすという計画を立てた。計画は春ごろに決まり、ポーラにアパートメントを借りようと電話をかけまくったけれど、シニョーラ、遅い遅い、この辺りのアパートメントは1月辺りから予約しなくては、と窘められるばかりだった。そんな中で一人親切な人が居て、知っているアパートメントに掛け合ってくれるという。よくわからない話だが、この人に賭けてみようということになり、そんな不確かな言葉を当てにして私と相棒はボローニャを発った。夜中に家を出たのは高速道路の交通渋滞を避けるためだったが、夜中でさえも渋滞で、8月に海へ行くということはこういうことなのだと相棒と顔を見合わせたものだ。朝早く着くと思っていたが、昼近くになってしまった。渋滞のせいばかりではない。途中で幾度もカッフェを飲んで、それからトリエステの港の前の小さなバールで朝食をとったせいだ。でも、こうした予定外のことが旅の楽しみなのだと、性格や価値観の違う私と相棒も、この時ばかりは感覚がぴったりと合うのだった。ところで例の親切な人は、なかなか良い場所を紹介してくれた。海からは徒歩で10分くらい。近いとは言えないけれど十分だった。良い場所、気持ちの良い家主である証拠に、他のアパートメントにはドイツ人家族が滞在していて、彼らは毎夏ここを発つ前に来年の予約を入れていくらしい。もう何年も続けて。嫌いな場所ならば毎年戻ってくることはないだろう。一週間の滞在は充分だったような、そうではなかったような。あれほどポーラが気に入ったのに、あれ以来一度もポーラに戻ることがなかったのはどうしてだろうか。素朴な食事も、澄んだ冷たい海の水も、人の少ない石がごろごろした海辺も、みんなみんな好きだったのに。夜になってからポーラの旧市街を歩いたら、遺跡が方々に残っていて、橙色の街灯に照らされたその様子が幻想的で心打たれた。ボローニャには似ても似つかぬ。11年経ってもその感動は少しも色褪せてはいない。
こんなことを思いだしたのは、多分私がクロアチアの海を恋しいと思っているからなのか。来年あたりクロアチアの海へ行きたいところだけれど、病の姑をボローニャに残しての旅は相棒が首を縦に振ることはない。何時もひとりで何処へでも旅してしまう私も、クロアチアの海だけは相棒と一緒に行きたいと思うから、これは当分私の小さな夢のままで、当分叶うことはないだろう。

猫は直感している。来週早々、私が旅発つことを。ほんの数日のことだが、裏切り程に感じているのか、数日前から実によそよそしい。それにしても連日の暑さ。まずは体調を整えねばなるまい。少し元気を取り戻したら、ようやく私の旅の準備が整う。




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