桃の匂いがする

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キッチンに漂っているのは、昨日近所の青果店で購入した桃の匂い。仕事帰りに立ち寄ることが多いこの店。バスの乗り換えの停留所の背後にあるので、実に便利している。電気がついていないから外から見ると店が閉まっているように見える。電気をつけないのは多分少しでも涼しく過ごすための店主なりの知恵なのだろう。それとも冷房をつけている分、明かりをつけないで節約したいのかもしれない。何にしてもイタリアでは明るすぎるのを好まないので、こうしたことは大したことではない。うちだって、煌々と電気をつけることはあまりない。例えば夜に本を読むならば小さなランプだけをつけてみたり、天井の照明にしても最低限まで絞り込んで夕食を楽しんだりするのだから。照明器具よりも蝋燭の明かり。それから月明かりが美しい。いつの間にかそんな風に思うようになった。それで昨日店に立ち寄ると、店主が忙しそうにしていた。何時立ち寄っても客が居て、店主が暇そうにしていたところは未だに見たことがない。シニョーラ、何を差し上げましょうか。店主は何時もそんな風に話し始める。手前にあった色のいい杏子。甘いだろうかとの私の問いに、これは自信を持って薦められるというので、大きいのを15個ほど茶色の紙袋に入れて貰った。それから棚にある桃。どんな桃がいいかと訊くので、白桃の美味しいのを6つ頼んだ。それを持ってちょうど来たバスに乗り込んだら、前から二番目に座っていた小さな女の子が桃の匂いがする! と叫んだので乗客が皆笑った。母親が慌てて子供にしーっと言って宥める。女の子が私の袋をじっと見ているので、ちょっと話しかけてみた。桃を6個も買ったんだから。いい匂いがするからきっと美味しいね。すると女の子は6つも! と言って喜び、そしていい匂いがするからきっと美味しいよ、と私の口ぶりを真似た。バスを降りる時、Ciaoと彼女に向かって手を振ったら、彼女が笑顔で手を振り返してくれた。Ciao、桃のシニョーラ! 桃のシニョーラだって。何だかいい匂いがしそうでいい感じだと思った。

もう何年も前。そう、多分20年も前に相棒とアメリカにひと月滞在した時のことだ。私達は昔住んでいた界隈の、しかし違う通りに暮らす友人、ロンの家に泊めて貰った。その界隈に私達の友人知人が多く住んでいたのは、ひとえに相棒が、そこに長く暮らしていたからだ。私は途中から参加しただけ。でも気持ちの良い人達だったから、私はすぐに彼らと良い関係を持つようになった。ロンは相棒より年上で、ひとり暮らしだった。結婚をしたがうまくいかず、二度目の妻とですら別居生活をしていた。それぞれの場所に子供が居て、彼はサンフランシスコの大きな公園の近くの界隈の一軒家にひとり暮らしだった。と言っても寂しとか、侘しいとか言った印象はなく、ひとり暮らしで自由気まま、そんな感じだった。結婚がうまくいかなかったのは、価値観の違い。うまくいかなかったのは確かだけど、別々に生活しながら良い友人関係を保つことを選んだというのは決して嘘ではないだろう。彼は時には人を招いて夕食を楽しんだり、時にはひとりで音楽を聴きながら開放感あふれるテラスで食事をしたり、兎に角料理をすることが好きなようだった。私が感心していると、彼はこういった。口から入るものは、そのまま僕らの体に影響するんだ。だからいいものを食べたい。自分で素材を選んで料理したものは絶対確かだからね。当時もうすぐ60歳になろうとしていたロン。でも少しも衰えた感じはなく、確かに髪は白いものが多く混じっているけれど、海沿いの道をオープンカーで走るのを好み、大きな公園を走ることを習慣にして、外へ外へと向く関心と友人知人との交流のその様子は、当時若かった私ですら羨むほどエネルギーに溢れていた。それからもうひとつ。季節の野菜と果物。それがポイントさ、と言ってウィンクを投げるところなんかが、相棒と私に言わせれば、とんでもなくカッコいい、のだった。ある日私達はロンのオープンカーに乗り込んで、街から北の方に行った小さな海辺に行った。有名な海辺だが隠れ家のような場所があって誰も居ない、あまり知られていないんだとロンが言っていた通り、誰も居なくて静かだった。僕はここを知っている、昔よくここに来た、という相棒にロンはちょっと驚いて、そうだな、君は知っているだろうさ、だから僕らは何となくウマが合って友達になったのかもしれないよ、そういうことは言わなくても分かるものなんだ、と言った。そんな会話を聞きながら、こうした友人関係は素敵だと思った。帰り道に、地元の農家が店を出していた。ロンが夕食のためにと野菜を沢山買い込んで、それから桃を見つけると目を輝かせた。うまそうな桃だな。僕は桃に目がないんだよ。あれ以来、店先で桃を見るたびにあの日のロンの声を思いだす。私だって桃に目がないのよ、と心の中でロンに語り掛けながら、店主に桃を6つ袋に入れて貰うのだ。

最近猫が私につれないのは、私があと10日もすると数日間のひとり旅に出掛けるのに気付いているからだろう。旅の準備は前日の晩。これは昔も今も変わらない。猫が気付いたのは此のところ、古い旅行鞄を廃棄処分して新しいのを購入したこと、そして枕元に置かれた旅先の地図、旅の案内本。でも数日、たったの数日なのになあ。




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コメント

こんにちはyspringmindさん。
若いっていいですね。

2017/08/05 (Sat) 12:33 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、若いって誰のこと?

2017/08/05 (Sat) 18:39 | yspringmind #- | URL | 編集

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