昼寝だなんて

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向こうの空に入道雲。夕方7時のボローニャの空は明るく、夕食の準備をするような気分には到底なれない。テラスに出て、植木鉢に水をくべると、生い茂ったバジリコが、ゴクゴクと音を立てて飲んでいるような錯覚に陥る。毎日たっぷり水をあげているのにカラカラになる土を見ながら、ああ、夏なのだと今更ながら思う。家中の窓を開け放っているから風が吹き抜けて気持ちがいい。こんな風が吹く限りは、どうしたって冷房のスイッチを入れようなんて気にはなれない。

それにしても昼食を済ませた後、急に襲ってきた睡魔。昼寝が大嫌いだから、どんなことをしたって体を横たえて昼寝をしようなんて思ったことは、あまりない。勿論それも体調が悪いとかならば別だけれど、頭痛がするでもなく、疲れているでもなく、自ら昼寝をしようなんて思うなんて、と驚きながらベッドの上に横たわった。ふわりふらりと揺れる大窓のレースのカーテン。美しいレースのカーテンは、恐らくは17年ほど前に相棒の友人のルイジが仕立ててくれたものだ。
どんな風にして相棒とルイジが知り合ったのかは、今となっては思いだすこともできない。覚えているのはある土曜日の昼前にルイジの店に居た相棒から電話がかかってきて、店に来ないか、昼食に行こうとルイジが誘っているんだ、と言うのが私にとってのルイジとの付き合いの始まりだった。当時住んでいたアパートメントから5分も歩くとルイジの店があった。ルイジはソファや肘掛椅子の布の張替えや、カーテンを仕立てる職人で、物心ついたころからこんな職人になりたいと思っていたんだ、と彼が言っていたけれど、彼にとっては天職ともいうべきだった。器用で腕がいいだけじゃない。辛抱強いところも。この仕事をする条件のひとつみたいなものだ。黙々と、きちんと仕上がるまで黙々と作業する。全く彼にぴったりの仕事だった。誘われるままに店に行ってみたら、さあ、レストランに行こうというではないか。てっきり近くのバールでパニーノか何かを齧るものと思っていたから、コットンのセーターに随分履き込んだジーンズといういで立ちだった私は驚いてしまったが、これから行くのはルイジの妹夫婦の店だからとのことで、気にすることなどないと強引に車の中に詰め込まれた。店はサント・ステファノ通りにあった。土曜日の昼時は此れほど混み合うものなのかと、世間の人達が如何に気前よく外で食事をしていることに驚いたのを覚えている。後から知ったのは、店にはボローニャのサッカー選手と家族や友達がつるんで店を訪れることが多いらしく、その土曜日は丁度それにあたっていたらしい。広い店内は満席で、そんな人の波をかき分けていくと奥の方に広いスペースが確保されていた。ルイジと相棒と私。それに彼の妹と子供たち。あなたが話に聞いていた日本人ね、と言ったのはルイジの妹、シモーナだった。私達は同じ年齢で、環境も文化も異なった中で育ったのに価値観がよく似ていて話が合った。店は案外名が知れていたらしい。それは単に場所が良かったからだけでなく、料理がどれをとっても抜群に美味しいからだろう。魚介のパスタの美味しかったこと! 南イタリアの野菜の味の濃かったこと。シモーナが作っているという、菓子の美味しかったこと。私とルイジの付き合いは、こんな風に色んな事がいっぱい詰まった形で始まった。その彼がある土曜日の午後、相棒と一緒に家に来た。レースのカーテンとカーテンを吊るす木製の棒を携えて。平日、私が留守の間に長さを図ったらしい。脚立に乗って棒を設置すると、美しいレースのカーテンがふわりと下がった。わあ、美しい! と歓喜する私にルイジは大変満足したらしい。見れば上等なレース地で、普通なら相棒と私が手を出せるような代物ではなかった。彼の客が注文したらしい。ところが途中で小さな変更があって何メートルか残ったらしい。うちに遊びに来た時に居間の大窓に掛っていたレースのカーテンが素敵じゃなかったのを覚えていたルイジが、私達のために仕立ててくれたとのことだった。カーテンという物のは、あればいいというものじゃない。外からの視線を遮ればいいだけじゃない。家の中に居る人が気分良くなるようなもの、それが大切。気分良くなるようなカーテンで外からの視線を遮るのが正しい考え方だ。というのがルイジの説明だった。大窓のレースのカーテンが素敵になってから、確かに気分が変わった。あれから私のカーテンへの考え方もすっかり変わった。
17年も経っているレースのカーテン。丁寧に洗濯しているから、まだまだ使える。何よりもルイジとの思い出が染みついているから、到底このカーテンを箪笥の中に仕舞い込むなんてことはできない。暫く会っていないルイジが、このカーテンが今も健在と知ったら、どんなに驚くことだろう。そんなことを考えているうちに、私は眠りに落ちたらしい。

花の時期を随分前に終えたジャスミンが、再び花を咲かせた。風に蔓を揺らせるジャスミン。空は一向に暗くならないけれど、空がもう疲れたから休みたいと言っているかのような色になった。蝉はまだまだ鳴き続ける。あと2時間は蝉の声が止まないに違いない。夏だもの。それもよし。




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コメント

No title

夏イコール蝉というイメージが沁みついている私には、どこかで似たような音を聞くと蝉かしら?と耳を傾けてしまいます。
それにしても17年とは、ものもちが非常に良いですね。関心してしまいます。

2017/07/22 (Sat) 21:48 | inei-reisan #pNQOf01M | URL | 編集
Re: No title

inei-reisanさん、こんにちは。もし夏に蝉が鳴かなくなったら・・・・寂しいですよねえ。蝉が鳴かない夏休みなんて考えられませんよ、私には。
レースのカーテンを17年使い続けていることは、実に氷山の一角です。家には長く使い続けているものがたっくさんあるんですから。物持ちがいいのもさることながら、そもそも同じもので飽きることがないというのが、我ながら驚きなのですよ。

2017/07/23 (Sun) 20:35 | yspringmind #- | URL | 編集

こんにちは、yspringmindさん。
カーテンが風に吹かれて、気持ち良さそうですね。17年とは長持ちで大切にされてますね。はじめルイジさんは、女性かと思ってしまいました。
yspringmindさんの文が本になったらいいのにと思いましたよ。

2017/07/29 (Sat) 12:32 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。ソファなどの布の張替え業は、イタリアでは男性が多いのです。なかなか力がいる仕事なのですよ。ルイジのレースのカーテンは、当時の私達には素晴らし過ぎて勿体ないくらいでしたが、これは私達の幸運を呼ぶカーテンでした。このカーテンが風に揺れるのを見ていると、心が休まります。大切にしますよ、たとえこの先、新しいカーテンに替えても。きれいに洗って綺麗にたたんで、目のつくところに飾ります。

2017/07/29 (Sat) 17:33 | yspringmind #- | URL | 編集

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