6月が終わる頃

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雨が降った、朝食を終えて少し経った頃に。空の様子がおかしい、風の感じが違うと、起き抜けに思ってはいたが、こんなに急に降りだすとは思っていなかった。突然の雨はばらばらと音を立てて落ちてきて、向こうの建物のテラスには洗濯物を急いで取り込む夫婦者の姿。夜中に干しっぱなしだった洗濯物。私がもう見慣れてしまったことのひとつは、イタリアでは洗濯物を夜中も出しっぱなしにすること。ここに暮らし始めたばかりの頃は、なんて不用心なとか、夜露で湿気ってしまいはしないかとか、様々なことを考えたものだ。でも、知らぬうちにそんなことが当たり前となり、仕事を終えて帰ってきてから洗濯物を干して、翌日の夕方にとりこむことに疑問すら感じなくなった。この件を母が知ったら、さぞかし驚くことだろう。昼間家を留守にする、仕事をしている身からすれば、これは実に理に適ていることであるにしても。

夕方、また雨が降った。こちらはごく少量で、地面が濡れたどうかもわからぬほど。遠くの方でも降ったのだろう。丘の方、山の方から涼しい風が吹いてくるから。夕食の準備をしながら、思いだしたこと。それは22年前の6月終わりのことだ。
私達はピアノーロに暮らす、相棒の幼馴染の家に身を寄せていた。涼しいサンフランシスコから引っ越してきたばかりの私達にはボローニャの6月があまりに暑くて、やっとひと月が経ったばかりだというのに、暑さに辟易していた。私達は相棒の幼馴染であるモニカと恋人のジーノのふたりと何処かに家を借りて暮らすなどと言う夢のような話をしていた時もあったけれど、それもあまり現実的ではないと誰もがわかり始めて、家探しをしなくなっていた。何しろモニカが探してくる家と言ったら、ちょっと週末に滞在するならいいけれど、とても腰を据えて暮らせるような建物ではなかったし、場所とてあまりに辺鄙で、恋人のジーノはどうやって仕事へ行けばいいのか、思いつきもしなかった。そんな時、相棒の昔の知人を皆で訪ね、辺鄙な点ではモニカが見つけてくる家といい勝負だったが、住むにはいい小さな離れの家があると知って、そこを借りる話が着々と進んだ。私が其処に暮らしたいかどうかは、誰も私に訊かなかった。私が其処に暮らすのに、と思いながらも、誰かの家に身を寄せて暮らす生活に疲れていたから、私は何も言わなかった。ここなら、少なくとも相棒とふたりの生活ができるだろう、と思って。ひと月の間、私達は放浪の生活、仮住まいばかりしていたから、相棒も私も焦っていて、何とか一か所にとどまりたい、と心のどこかで一心に願っていた、それが私達の6月だった。丘の町ピアノーロの夜風が平地のそれよりずっと涼しくて気持ちが良いことを知った6月でもあった。

今夜はポーランドで開かれている21歳以下のヨーロピアンカップの決勝戦。決勝戦に進んだのはスペインとイタリア。あどけない顔つきの爽やかな若者もいれば、本当に21歳以下なのかと疑惑が深まる濃い髭面もいた。彼は20歳だ、と説明を加える相棒に、嘘だと詰め寄りたいほどの髭面男だった。あの濃い髭の下には、20歳らしい若々しい素顔が隠れているのかもしれないと思いながらも。




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