熱風

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熱風が吹く金曜日。でも、今日に限ったことではない。私ほどの年齢でもそうなのだから、姑のような年齢ともなればしんどいなどという言葉では言い表せぬほど辛いに違いない。遠くの方で救急車のサイレンが鳴っているのを聞きながら、姑が今日も元気に過ごせたならばいいけれど、と思う。この思いは祈りにも似ている。私は相棒が母親を心配しながら生活しているのを見ているから。相棒が今以上に心配しないで生活できればよいと思う。

これほどの暑い日に真っすぐ帰宅しなかったのは旧市街の仕立て屋に行きたかったからだ。7月を待たずに早々と始まった夏のサルディで数枚の服を調達した。本当を言えばもう何週間も前から必要だったのだけれど、もうじき値段が下がるのに定価で購入することに良心の呵責というのか、兎に角、意地でも定価で購入しないと心に決めていたところ、いつもの店から知らせが入った。早速足を運んでみたら、丁度いいのが見つかった。丁度いいだなんて、無難、に似た響きが含まれていてあまり好きではないけれど、しかしまさに丁度良いのが見つかって、考える間もなく購入した。購入はしたが、しかも丁度いいと言いながら、少し直す必要があった。私という人は、イタリアに暮らす限りスタンダードの体型とは言い難いらしく、仕立て屋に持ち込まずに着用できるのはTシャツくらいなのである。ボローニャ旧市街に建つ2本の塔のもう少して枚に存在する、ポルティコの下の店。昨冬随分と世話になったが、それから5か月振りのことである。ポルティコの下は熱気がこもっていて不快だった。ボローニャの旧市街は大好きだけれど、この、風が通り抜けない街の構造には毎年ながら頭が下がる。小さな仕立て屋の店内は、さぞかし蒸し暑いに違いない、と想像していたが、空調が効いていて楽園のようであった。ああ涼しい。と挨拶をするかのように店に滑り込む私に、店の夫婦は笑った。皆、開口一番にそう言うそうだ。私は持ち込んだ服を着せて見せ、女店主がここをこうして、そこをこうして、とピンでつまむのを確認しながら、暑くて大汗をかいて食欲も落ちているというのに、贅肉は少しも落ちないと零すと、女店主は笑いながら言った。いいのよ、こんな暑い夏、大汗かいて食欲が落ちて、そのうえ贅肉まで落ちたら、あなた、ひっくり返っちゃうでしょう? 彼女のそんな言葉を聞きながら、なるほど、そういう考え方もあるかと感心した。物事は一方から考えてばかりいると間違えが生じるのかもしれない。違った方向から考えるのは良いことだ。自分でそうしたことが思いつかぬ私だから、こんな風にして周囲の人たちと言葉を交わすことで気づくのだけど。
ところで仕上がりは10日後だそうだ。順番待ちというわけだ。もう一月も前から仕事が多くて多くてどうしようもなく、服を預かってから10日もかかるようになってしまったそうである。シニョーラのはすぐに仕事にとり掛りたいところだけど、そうもいかないのよ、と詫びる彼女。商売繁盛でよかったわねと彼女を褒める私に、彼女はごめんなさいねと言った。謝ることなんてない。つまりは彼女の腕がいいと言うことで、そんな彼女に仕事を頼めるのだから、こんな嬉しいことはない。

今夜は夕食を作らないでよいそうだ。姑のところに住み込んでいる女性が、相棒と私の分まで料理を用意してくれたのだそう。人間だから色んな欠点がある。姑は彼女のことを快く思っていないようだけど、私はいつも思う。こんな大変な姑の世話をしてくれるなんて何て有難いこと。いつも朗らかで、自由があまりない生活の中に小さな楽しみを見つけながら、色んなことをしてくれる。この、私達のための料理を準備することも、彼女の小さな楽しみのひとつなのだそうだ。姑ばかりでなく、相棒と私も、運がいい、と言わずになんと言おうか。
夜風が吹きだした。近くの山で雨が降っているような、涼しい風。ほっと安堵の溜息が出そうな。




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