髪を切る

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週末なのに早起きするのがこの夏の決まり。暑さにめっきり弱くなって、暑い時間帯は何も手につかぬようになったのを機に、自ら決めたこの夏のルールだ。早起きをして朝のうちに色んなことをしてしまおう、というのではない。気温が上がって気持ちがくじける前にさっさと外に出掛けよう、という訳だ。週末は朝寝坊を楽しむのが好きだった私が、急に早起きしだしたのを相棒は相当驚いている。そのうえ、いそいそと出掛けていく。暑くなる前に、と幾度説明してみても、相棒の疑惑がすっきり片付くまでにはもう少し時間が掛るようだ。

今日は髪を切りに行った。人は皆、まだ切る必要はないと言うけれど、私は短い髪が好きなのだ。それに6週間も経てば、髪型というものは多少なりとも崩れるし、痛みもするそういうのをひっくるめて、専門家に頼もうという訳なのである。今年の春先に今まで通っていた美容院に行くのを辞めて、新しいところに通うようになったのを私はとても喜んでいる。とても感じが良いし、無駄口が少ない。他人の噂話が耳の中に飛び込んでくることがないことだけでも、この店で髪の手入れをしてもらう価値があるというものだ。
思えば私の髪切り好きは私の子供時代に始まったことなのだと思う。5歳くらいまでは母親が庭で髪を切ってくれた。ちょきん。ちょきん。と、そんな具合に。だからいつだって代わり映えのないおかっぱ頭で、他の髪形にしたいと希望したら、次から店に行くようになった。それは小さな床屋だった。あの時代は女の子も床屋に通う時代だったのだろうか、と思い返しても、床屋に通っていた女の子など姉と私しか思い当たらない。床屋の入り口にはよく吠える犬が繋がれていて、まるで店に入るなと言わんばかりの吠えようだった。犬はそんなであったが床屋の店主は感じが良くて、機嫌よく髪を切った。ちょきん。ちょきん。と結局は母と同じくおかっぱ頭が出来上がってがっかりだったが、しかし店に行って髪の手入れをしているという事実が、早くも芽生え始めていた女の子としての自覚を喜ばせていた。両親は倹約家だったから、服が欲しいとか、本以外の何かを欲しがっても決して財布のひもを緩めることはなかったけれど、髪を切りに行くことには寛容で、そんなこともあってひと月に一度髪を切りに行くのが習慣になった。あれが始まりだ、私に髪切り好きは。靴も鞄もめったに新調しないけれど、髪を切ることには財布のひもを緩めるのは、あの頃の両親と同じだ、と思いだして笑ってしまった。この子はいったい誰に似たのだろうね。変わった考えの持ち主の私をいつも父と母が言っていたけれど、なんだ、私はやっぱり父と母に似ているのだ。髪を切ることも、銀座が好きなことも、千疋屋フルーツパーラーが好きなことにしても。あれもこれも私の両親が私にさりげなく教えてくれたことなのだ。
ところで今回も大変短く切った。髪を切ってくれるアランという名の人は、私から好きなように切ってくれればいいと頼まれるのを、心から喜んでいるかのように張り切って楽しそうに髪を切ってくれた。その彼の様子を眺めるのは、私にとっても楽しいことだった。帰り際に6週間先の予約をした。そんな先の予約をする人なんていないだろうと思っていたら、どの日にも予約が書き込まれていて、私と同じようにこの店を大そう気に入っている人が沢山いることが分かった。まさかボローニャで、こんなに気に入りの店が見つかるとは夢にも思っていなかった。

午後になって風が吹き始めた。涼しい風だと喜ぶと、ポーランドからの風だと相棒がった。先ほどテレビのニュースか何かで言っていたらしい。ポーランドからの涼しい風だ、と。しかしまた随分と遠くから吹いてくるものだと笑う私に、アフリカからの風が存在するのだからポーランドからの風が存在しても可笑しくはないと、相棒は言った。成程、そうかもしれない。こんな話をする時、ここが本当に欧羅巴であることを、私は深く感じるのだ。




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