年老いた人の言うこと

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こんなに毎日雨が降る5月は初めて、のような気がする。ような気がする、とあまり自信がないのは、イタリアの気候は不安定だからだ。春がこんな感じだと、のちに猛暑がやってくる、と囁かれているがどうだろう。農家の人たちの言うこと、年老いた人たちの言うことは馬鹿にならない。経験がものをいうというのはこういうことなのかもしれない、とイタリアに暮らすようになって思うようになった。

年老いた人の言うことには耳を貸しておいた方がいいと言ったのは、昔住んでいたアパートメントの隣に暮らしていた老夫婦だ。ローマでの仕事をから戻ってきた私は、相棒が探しておいてくれた小さなアパートメントに落ち着いてほっとしていた。イタリアに来てからと言うもの、定まった住居もなく転々としていたし、挙句の果てには私がローマへと飛び出してしまったこともあって、こうして小さいながらもふたりで腰を据えて暮らすことができるようになったことを嬉しく思っていた。今では外国人が沢山暮らす界隈になったが、当時は外国人など珍しくて、隣近所の人たちが珍しそうに遠巻きに私を眺めていたのを覚えている。そんな中で隣の老夫婦は格別親切で、何かにつけて、お茶に来ないか、昼食に来ないか、誘ってくれた。何しろイタリア語がまだ不自由だった私だ。大変だったのは私ばかりでなく、彼らの方も同様だっただろう。それでも尚、誘いに来る。そうした誘いは私ばかりでなく、相棒にしても嬉しいことだった。老夫婦の夫の方は昔の国営煙草工場の工場長か何かだったの威張りん坊。知り合ったときは既に80歳前後だった。妻の方は全く優しい人で、多分その昔は夫に随分泣かされたのではないだろうか、と言うのが私と相棒が得た印象だった。老夫婦には子供がいなかったから、降って沸いたようにしてやって来た、相棒と私を、息子夫婦のように可愛がってくれた。夫の方が、時々提案する。さあ、山へ行こう、山に美味しい水を汲みに行こう。そうしては私たちは車に彼らを乗せて高いところまで清水を汲みに行った。さあワインだ、今年はいいワインがあるらしい、ワインを買いに行こう。そう提案されると、私たちは車に彼らを乗せてイモラの方まで足を延ばした。ワイン農家は彼らの長年の付き合いの人たちで、突然訪ねた私達を大そう歓迎してくれた。話に聞いていた通り今年のワインは出来が良いらしく、さあん、これも試してごらん、さあ、こっちも試してごらん、とあれもこれも試してみて、その中から深い味わいの赤ワインを、持って行った大きなガラス瓶4つに注いでもらって帰ってきた。そうして帰ってきたところで、老夫婦と相棒は地下倉庫に立てこもり、ワインの瓶に詰める作業、コルク栓をする作業にいそしんだ。私はと言えば、あれもこれも試飲して、すっかり酔っぱらってしまい、帰るなりソファの上でぐーぐー眠った。兎に角そのワインがとんでもなく美味しくて、それから数年間、そのワイン農家に足を運んだ。その牛隣の老夫婦が少し先の方に引っ越していった。何故ならば、私たちが暮らす建物にはエレベーターがなかったからだ。もう階段を上り下りするのはしんどいんだ、と言うのが理由で、少し先にあるエレベーターのある建物に引っ越していったという訳だ。それ以来、交流は徐々に少なくなり、ワイン農家へも足が遠のいてしまった。先日の晩、美味しいワインを飲みたい、そうだ、赤、赤ワインがいい、と私が騒ぎ出したところ、相棒が地下倉庫から数本の赤ワインを持ってきてくれた。私はアパートメントの私達の狭苦しい地下倉庫が嫌いなので、鍵すら持っていない。従って、地下倉庫にワインを探しに行くのは相棒の役割なのである。ほら、とテーブルに置いたのは、昔、老夫婦と一緒に買い求め、瓶に詰めたあの赤ワインだった。最後の一本らしい。指折り数えてみたら、少なくとも18年は経っていて、まだ美味しいだろうか、ひょっとしたら度重なる引っ越しで、保管が悪く、味が変わってしまったかもしれないと思いながら栓を抜き、グラスに注いでみたら、なんだかピントの合わない味だった。それでグラスに注いだまましばらく放置してみたところ、驚くほど深い、旨みのあるワインになった。うーん! ワインを口に含むたびに私たちは唸り、パンをちぎっては口に放り込み、熟したチーズを齧り、全く素晴らしい晩だった。久しぶりにあのワイン農家にワインを求めたくなったが、いったい何処だっただろうか。年老いた人の言うことに耳を貸す。確かに。このワインとはあの老夫婦のおかげで巡り合えた。近いうちにあのワイン農家を探して、のんびり田舎道をドライブしてみようか。

明日はよい天気になるだろうか。そろそろ軽装になりたいなあ。5月だもの。こんな素敵な月に、いつまでも冬物など着てはいられない。




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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
きれいな色合の通りですね。よくこんなとおりを考えられましたね。

おいしいワインを直接買いに行く。いいですね。
知らない場所で知り合いになれるのは、うれしいですね。やさしいご夫婦ですね。
ワインはなぜかここ最近飲めません。つよすぎて。やっぱり、イタリアのからっとした空のもとで頂くのが一番おいしいにちがいありません。パンとチーズも。
イタリアのパン食べたいなあ。
あ、yspringmindさんも、ワインで倒れてた時があるんですね。安心しました。

2017/05/18 (Thu) 13:11 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。ボローニャにはこうした色合いの回廊、若しくは建物が沢山あるのですよ。普段は気にも留めないのに、時には光加減ではっと目を見張ってしまいます。
ワインを直接買いに行くのは何もイタリアばかりではないようですよ。ヨーロッパのワイン農家が存在する国では、こうしたことは実に普通のことなのです。
あの夫婦には世話になりました。あの夫婦が居なかったら知らなかったこともたくさんあったでしょう。つつましい生活をしていた私達の食事があれほど豊かだったのも、あの夫婦がいたからです。
つばめさんの言う通り、ワインはからりとした気候の場所で飲むのがいいみたいです。湿度や気温、風の具合で美味しさが変わると私も思ってやみません。

2017/05/20 (Sat) 18:28 | yspringmind #- | URL | 編集

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