予定外の楽しみ

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週末の喜びは金曜日の夕方から始まる。その喜びを求めて、ぎりぎりのところまで仕事をするのも、言うなれば喜びのひとつなのかもしれない。そんなことを言うと妙な人だと言われることが多いけれど、過去に仕事をしたかったのに仕事に就けなかった4年間が存在するからなのである。かと言って、仕事は私の人生ではない。仕事は私の人生のごく一部で、例えば私の人生という絵の色のひとつなのだ。この辺のバランスが難しいけれど、バランスの度合いを間違えると自分が自分でなくなってしまう。窓の外の激しい雨を眺めながら、私はそんなことを思う。こういうことを考えるのは、大抵、自分自身の中に何かを求めているからだ。何か。何か答えなのか、それとももっと深いものなのかわからないけれど。

金曜日の夕方、旧市街を散策した。真っすぐ家に帰ってもよかったのに気の向くまま歩き始めたのは、単に待っていたバスがなかなか来なかったからだけではないだろう。旧市街に、何かふわふわした楽しい空気が漂っていたからかもしれない。2本の塔の辺りでは何かの撮影が行われているらしく、沢山の機材を担ぐ人達を見かけた。向こうの方に人混みが見えた。多分あの辺りで撮影しているらしいと想像がついたが、敢えて見に行くことがなかったのは貴重な夕方の時間をそんなことに費やしたくなかったからだ。細い道に入っていったのは食料品市場を見て歩くため。色鮮やかな果物や野菜は見ているだけで元気になってくる。今は苺ばかりでなく、通称ダッテリーニと呼ばれている楕円形の小さいトマトや新鮮な大蒜、新鮮なトロペア産玉葱、様々な青菜と空豆、どれもこれも色が濃くて嬉しい。杏子も店頭に並び始めたが、手を出すには少々早い。もう数週間待ってからの方が熟して甘くてよいとの店の人のアドヴァイスだった。その先にあるいつものパン屋。外から覗いてみたら思いのほか沢山のパンが並んでいたので店に入った。あの、丸くて大きくて柔らかいやつ。私は何故かパンの名前を覚えることができない。だからいつもそんな感じでパンの棚から好みのパンをとってもらうのだ。ああ、いつものあれだね。パン屋の主人も慣れたもので、間違えることはない。沢山パンが残っているが、これも時間の問題だろう。何しろ隣には古い飲み屋が存在するが、飲み物しか置いていない。食べ物は外から持参することになっている。だから客たちは大抵ここでパンを、向こうの店で生ハムやサラミを購入してからいくのである。日が長くなったことで客が店に入る時間も遅くなったのかもしれない。夕方にしかパン屋に行けない私にとっては、飲み屋に入る客の時間帯が遅くなるのは有難いことなのである。細い道を通っていったら、フランス屋の前のテラス席で店主と妻がワインを楽しみながらお喋りしているところに遭遇した。この道をいけばフランス屋であることは百も承知だったけれど、店主が其処に居るとは思ってもいなかったので、思わず、あっと驚いた。私は昨年12月末以来、店から足が遠のいていたのである。店主は目を丸くして、暫く顔を見なかったけれど元気だったのかと訊いた。店に立ち寄るつもりはなかった。けれども店主と妻の楽しそうな様子を見て、久しぶりに立ち飲みワインを楽しむことにした。この店は店主が切り盛りしているが、影の大物は店主の妻だ。彼女は仕事を持っていて、普段は旧市街のオフィスに居る。その傍ら、店のあれこれを考えるのだ。彼女のセンスの良さと人脈。それらが店を輝かせているのだと私は知っている。兎に角、妻は身に着けているものもセンスが良くて、話をしても華やかで楽しく、店主はこの結婚を通じて大変な宝を得たと私はいつも思うのだ。店主は毎晩帰りが遅いから、仕事帰りに店に立ち寄る妻と夕方のワインを楽しむ時間を大切にしているのだろう。そして、彼らがテラス席でのんびりできるのは、店で働く人達が優秀だからだろう。私は久しぶりに赤ワインをちびりちびり楽しみながら、棚に置かれているフランスワインを物色した。私は赤ワインが好きだが、暖かい季節は白ワインがいい。まだ、コートの中にセーターなど着こんでいるが、来週には気温が徐々に上がるだろう。そう思って、少し辛口の白ワインを買い求めた。それからいつものチーズ、コンテも。
元気そうでよかった。また、ときどきワインを飲みにおいでよ。グラスワインは僕らのおごり。久しぶりに顔を見せてくれたことへの感謝。暫く顔を見せなかった私に店主と妻がそう言った。気持ちの良い人達。近年、ボローニャ旧市街には次から次へとワインの店がオープンしたが、この店は心配ないらしい。店主と妻の機嫌のよさが店を安定させているのかもしれない。気まぐれな金曜日の夕方。予定外の楽しみ。そういうことが長い人生のうちに沢山ある。

それにしてもよく雨が降る。降るだろうとは予測していたが、これほど降るとはだれが想像しただろう。雨が降る中、尾の長い鳥が囀る。昔からオナガドリと呼んでいるが、本当の呼び名は知らない。誰に訊いても分からないこの鳥だが、声の美しさはピカイチだ。もうすぐ雨が止むよ。そう言っているのかもしれない。5月の雨。太陽の光、暖かい風が恋しい週末。




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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
パンおいしいのでしょうね。
チャバタ?、パニーニ、フォカッチャ、しか知りません。
日本では最近、パン屋に行けばシチリア産レモンのソースをかけたパンやスーパーではシチリア産レモン使用ジュースをよくみます。日本風に作られているのでかすかな、イタリアの風を買った私たちが、そうかあこれがイタリアのレモンかあとかすかに感じとりながら食べたりします。

イタリアで食べたこぶし1つくらいで、かざりっけのない、素朴な丸いパン食べたいのですが、日本で出会えず。ぎゅっと味が濃くておいしかったのです。粉、水、塩おわり、というようなぎゅっとしたパン。
フランス屋のご夫婦、ご親切ですね。

2017/05/18 (Thu) 13:35 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。〝日本では最近、パン屋に行けばシチリア産レモンのソースをかけたパンやスーパーではシチリア産レモン使用ジュースをよくみます″って・・・へええええ、すごい。そういえば私が学生だった頃、イタリアンジェラートという店があったのを思い出しました。そうして食べたジェラートは、ああ、これがイタリアなのかなあ、なんて口の中に広がった美味しさからまだ見ぬイタリアと言う国を想像したものです。
フランス屋の夫婦は、勿論商売上手なのでしょうけれど、根底が親切であることには間違いありません。

2017/05/20 (Sat) 18:31 | yspringmind #- | URL | 編集

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