5月1日の祝日

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5月だ、とカレンダーを眺めながら思う。カレンダーは昨年クリスマス前にエルボリステリアで貰ったもの。エルボリステリアとは、自然薬局とでも呼ぼうか、イタリアでは人々の生活に浸透している存在で、例えば私は誕生日やクリスマスの贈り物は大抵エルボリステリアに足を運ぶ。自分のために様々なハーブを調合してもらうこともあれば、肌に優しい石鹸類やボディクリームを求めることもある。私に関していえばエルボリステリアは本屋みたいな、気軽に足を運べる場所である。それでエルボリステリアで貰ったカレンダーには毎月異なった花や果実、そして小鳥の絵が描かれていて、美しい。絵の下には説明書きがあって、それを読むのもまた楽しい。些細な楽しみ。でも、そういう訳で、月の初めにカレンダーをめくるのが楽しみのひとつになっている。

5月1日。イタリアは祝日である。国際的に労働者の日とされているけれど、イタリアではこの日をPrimo Maggio、5月1日の祝日と呼ぶ。この一言に労働者の日の意味が既に含まれているのであろうけれど、毎年この日を迎えるたびに、面白い呼び方だと思う。今日は風が強く、空に浮かぶ雲が早いペースで動いている。晴れていると思えば曇り、曇っているかと思えば晴れる。決して寒くはないけれど、陰った時の風はキリリと冷たく、思わず首をすくめてしまう。この春は天候不順で閉口しているが、思い出してみれば毎年春とはそんな感じなのかもしれない。この時期になると思いだすことがふたつある。
ひとつは私がまだ高校生だった頃のこと。家族みんなで電車に乗って、遠足したこと。国立公園を目指して。最寄りの駅で降りて、そこからバスには乗らずに公園まで1時間以上かけて歩いたこと。公園に居たのはわずか2時間。急いで帰ってきたのは天気が崩れて雨になりそうだからだった。しかしバスには乗らずに最寄り駅まで歩いて、くたくたになって家に帰ってきたら大雨になった。この遠足はある日突然病気に侵された姉のためだった。病院とか、漢方薬局とか、色々駆け回った挙句に治らないとわかり、それならば少しでも軽減させよう、何とか体力をつけよう、何とかしようと父と母が一生懸命考えて、企てたものだった。疲れすぎも禁物だったが、それよりも家の中にじっとしてばかりいたらいけないよ、ということだったらしい。家族一緒に歩けば楽しいから。そんな気持ちが含まれていたらしい。姉は覚えていないかもしれないけれど、私はそんな父と母の話を聞きながら、姉のことを一生懸命考えるふたりを大好きだと思った。何年かすると姉はそんなことがあった頃も忘れてしまうほど元気になった。でも、私は覚えている。ずっと覚えているだろう。あの頃、父と母が毎日顔を突き合わせて、ああしたらよいのではないか、こうしたらよいのではないかと言葉を交わしていたことを。
もうひとつはアメリカに暮らしてからのこと。一緒に暮らしていた友人と坂の上り下りしながら、イタリア人街のカフェまで歩いたこと。私たちは一緒に暮らしているくせに何かを一緒にすることが少なかった。こんな風にしてふたりで歩いたのは7か月ほど前に一緒に暮らすための物件を探して毎日午後に地図を手にして歩き回って以来だったかもしれない。こっちの道の方がいい、と私が誘った。その道は彼女の知らない道で、今まで知らなかったのが残念過ぎるようないい雰囲気の道だったから、どうしてこんな道を知っているのかと彼女は訊いた。いつもひとりで歩いていたから、時間がある時は何時だってひとりであちらこちらを歩いていたからと答えると、時には自分を誘ってほしいと彼女が言った。あの頃からだ。私と彼女が時々、夕方や夕食後の散歩を楽しむようになったのは。そうして私たちはカフェに通う楽しみを覚え、カフェの人たちと話をすることを覚えた。思いだすだけでもわくわくする。私にとって、一番楽しかった時期かもしれない。あの頃、覚えたことは他にもある。人は同じでなくてもよいということ。考え方や習慣、何が大切で何が大切でないかにしても。自分は自分。他人がそんな自分を尊重してくれるから、私も他人を尊重すること。それから待っていても何も始まらないことも。こうしたいと思うことがあったら、自分から動かなければ何も始まらないこと。当たり前のようだけど、当たり前じゃない。人に頼らない、人を当てにしない。それらはあの頃に覚えて身につけたことだ。

祝日だろうと何だろうと営業している近所の食料品店。バングラ人の店だ。店の前に置かれた大きな鉢に薄紫色のアイリスが沢山咲いていた。この時期日本では菖蒲が美しいのだろう、そんなことをアイリスを眺めながら思った。あ、あ。シニョーラ、これは僕の大切なアイリス。いくらシニョーラだって駄目です。持って行かないで下さいよ。気が付けば食料品店の店主が横に立っていた。勿論! と元気よく答えて、照れ隠しに小ぶりの新じゃがと真っ赤な苺、それからアスパラガスを一束注文した。ふふふ。僕の大切なアイリスだなんて。この小さな食料品店が近所の人たちに愛されている理由がわかったような気がした。




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