ちょうどいい

DSC_0043.jpg


ヴェネツィアへ行くと運河沿いを歩きがちだ。何しろ運河が無数にあって、そのどれもが異なった風情を持っているから、飽きるということもない。細い運河にかかった短い橋を渡るのも楽しみの一つで、そんな時、ヴェネツィアという街に暮らすのはどんな感じなのだろうと思う。この独特な街のつくり。仕事帰りにぶらりと歩くのはさぞかし楽しいに違いない。しかし強い雨が降り続けると、水域が上がって住人をひどく心配させるに違いない。
ところでこの街の散歩で楽しいのは、驚くほど幅の狭い脇道。それから突然現れるトンネルみたいな場所に思い切って足を踏み入れた先に見つける小さな広場。行き止まりの時もある。それから建物に隠れたところに抜け道があることもある。地元の人達には当たり前のそれらも、年に数回しか足を運ばぬ私には、どれもこれもひどく面白く、それらを見つけるたびに、わっと喜びが沸き起こる。
足を止めて写真を撮っていると、足を止めてくれる人たちが居る。レンズの前を通らないように、と。撮り終えて、彼らに礼と言うと、大抵何か話が持ち上がる。何を撮っていたの? 何か素敵なものがあったの? そんな時は張り切って説明するのだ。ほら、この先にある小さな広場。温かくて愉しい感じがする。これらを見慣れている地元の人たちというのは、見慣れているが故に、忘れてしまうことがある。それらがどれほど美しいのか。それらがどれほど素晴らしいのか。もっとも私の素晴らしいと彼らの素晴らしいは異なる場合もあるけれど、でも、大抵私の説明に目を見開いて、ああ、本当だ、と笑顔が浮かぶ。またね。またね。と挨拶を交わして、また歩き出す。同じイタリア語だけれどヴェネトの独特のアクセントの、またね、が耳に残っていて、時間が経ってから、ふっ、と笑いを誘う。大運河沿いや、名高い建物、広場を避けて歩いた。だから華々しい写真は一つもない。私の手元に残ったのは、地図のどの辺りに在るのかすら分からぬ、路地、広場、幅の狭い運河ばかり。それが自分らしく、それでいいと思う。ちょうどいい。私はそんな風に思う。

日帰り旅行から数日経つのに未だヴェネツィア熱が冷めないのは、歩き過ぎで生じた筋肉痛のせいだ。歩き過ぎた、と身の程を知らぬ自分に呆れながら、しかし楽しかったことには間違いなく、この痛みがすっかり消えたら、またどこかの街への日帰り旅行を企てるのだろう。それにしても、夜、ボローニャの駅から街の中心にあるバスの停留所まで歩きながら、つくづく思ったことがある。ボローニャの、ポルティコの存在の有難さ。ポルティコの下の通路の歩き易さ。ヴェネツィアは美しく、これから先も私の心をつかんで離すことはないだろう。でも、私にはボローニャがちょうどいい。ボローニャのような普通の街がちょうどいい。




人気ブログランキングへ 

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する