よく似た笑顔

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昨晩は先週同様、いつの間にか眠りに落ちた。夕食時から眠くてたまらなかったから、当然かもしれなかった。目を覚ましたら土曜日になっていて、相棒がちょうど家を出るところだった。空は既に十分明るく、土曜日とはいえ、こんな朝寝坊をしたことに多少ながら罪悪感を感じながら朝食の用意をした。朝食と言ったって、カフェラッテとビスコッティである。こんな朝食に、用意する、という言葉が当てはまるのか、私にはわからない。が、イタリアならばこれも立派な朝食のひとつであろう。ゆっくりと朝食を楽しみ、外に出た。先日、クローゼットを整理したら、不要なものがいくつも出てきた。気に入って何年も使ったが、ここ数年はもう手も付けなくなった、若しくは使い勝手が悪かったり好みに合わなかった数回使っただけのシャツやスカーフ、ジャケットそしてカバン類。捨てるのは忍びないのでリサイクルに出すことにした。いったいどこに持っていかれるのかはわからない、けれどもボローニャ市が路上に設置したリサイクルの大きな鉄製のボックスに投入しようと思って外に出たという訳だ。衣類をリサイクルのボックスに入れてしまうと、すっかり用事が済んでしまい、このまま家に帰ることもできたのにちょうど来た13番のバスに乗り込んだのは何故だったのだろう。空いている席に座っていたら次の停留所で年配の男性が乗り込んできた。一見シャンとしているけれど、その歩き方といい、後姿といい、軽く70歳は過ぎているように伺えた。それで背後から声を掛けた、座りませんか、と。そうして彼が振り向いたとき、私は思わず、あっ、と叫びそうになった。彼が、もう10年ほど前に空の星になった舅にそっくりだったからだ。顔に深く刻まれた皺も、強気なくせに一瞬見せる気弱そうな感じも。彼は私が席を立とうろとするのを手で制して、大丈夫、もうすぐ降りるんですよ、お嬢さん、と言った。お嬢さんなんて言われるような年齢ではないけれど、それにしてもお嬢さんなんてもう長いこと言われていなかったから、ちょっと感動して私は彼に笑みを返し、それと同時に沢山のことを思い出した。

舅と私が仲良くなったのは、相棒と私が丘の町ピアノーロに暮らすことにした頃からだった。テラスが広い、ふたり暮らしには充分すぎる家が見つかった。しかし酷く古くて修復しなければ住むこともできない家。決して値段も安くない。相棒と私が、うーん、と迷ったときに思い付いたのが舅のことだ。そうだ、舅に見て貰おう。そう言いだしたのは私で、それはいいアイデアだと同意したのが相棒だった。平日のある日、相棒が舅を連れて家を見に行くと、そんな大切な決断に呼んでもらえた舅は大そう喜び、舅に見て貰おうと言い出したのが息子の嫁の私であると知ると、ますます喜んだそうだ。修復にすごく時間とお金がかかるぞ、でも彼女がこの家を気に入っているのなら、時間とお金をかける価値がある、と判断を下して私たちはその家を手に入れることにしたのだ。責任を感じるのか、舅はしばしば修復作業が順調に進んでいるのかを確認しに来たし、私たちが遂に家に住み始めると、何か問題はないかと確認をしに来た。そのうち彼は土曜日の午後になると必ず立ち寄るようになった。もう長いこと身体が動かなくなった妻を喜ばせるために、毎日、午後にドライブする習慣があったが、土曜日の午後には私が家にいるということで立ち寄るようになった。舅が家に上がってくるのはせいぜい10分ほどのことで、仕事はどうなのかとか、夫婦喧嘩はしていないかとか、そんなごく普通の話が多かったが、時には彼が悩みを打ち明けて、そのうちきっといいことがあるから、と励ますこともあった。悩みは大抵体が不自由になってから何年も経つ姑のことだったが、それでいて舅はただの一度も連れ合いの介護を放棄しなかった。9年もの間。そんな舅を私は言葉にこそしなかったけれど、立派な人だ、と尊敬していた。戦争を潜り抜けてきた彼はとても倹約家だったから、楽しいことにお金を使いすぎるといつも私達を窘めた。それでいて家の中のものを買うときは、安物買いはいけないよ、すぐに壊れて結局買い直しすることになるのだから、と言って、大枚をはたいた。倹約家だからレストランで食事なんてとんでもない。でも、復活祭の翌日の月曜日だけは特別だった。私達や、親戚、それから姑のために通いでやってくるお手伝いさんも車に乗せて、ボローニャ郊外のレストランに行った。いつも同じ店だ。大きなテーブルに着いて好きなものをあれもこれも注文して、2時間も3時間もかけて食事をして、ああ、これは大きな勘定が来るなあ、などとみんなに冷やかされると、大きければ大きいほどいい、みんなで楽しく美味しい料理を頂くことができたということなのだから、と言いながら、胸のポケットに入れてある分厚い財布をポンポンと手で叩き、嬉しそうに勘定を払いに行ったものだ。カードマネーの存在を嫌う古い頭の彼だから、こんな日は財布の中に沢山のお札が入っていて驚くほど分厚かった。帰ってくるころには胸ポケットの中の財布はすっかり痩せていていたが、舅は大変ご機嫌だった。昔、若かった頃、ダンスが上手だったらしい彼だから、機嫌がいいと人前でダンスのステップを披露してしまう。いや、彼がダンスのステップを披露しているの見て、ああ、機嫌がかなりいいな、と分かると言った方がいいかもしれない。そんな忘れていたことを、年配の男性に声を掛けたことで思い出した。まじまじと顔を見ている私に彼は何と思っただろう。結局私の方が先に下車することになり、降りる間際に良い復活祭をと挨拶を交わした。あの、舅によく似た笑顔で。私はこれを見るために、ちょうど来た13番のバスに乗り込んだのかもしれない。そうだ。きっとそうだ。

忙しかった平日を終えることができたことに感謝。にわか雨が降ったけれど、穏やかな土曜日であることに感謝。いい感じだ。感謝出切るということは、気持ちに少しは余裕がある証拠だから。それにしたって三連休。これが嬉しくない筈がない。




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