ゆっくり、のんびり。

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朝から明るい土曜日。近頃一日がとても長く感じられるのは、日照時間が長くなったからだ。朝、窓を開けて栃ノ木を眺めるのが習慣になった。2週間前にようやく芽吹き始めたと思っていたら、あっという間に枝が新緑に覆われた。その進み具合があまりに早いので、慌てなくていいよと思っていたところ、今度は沢山の蕾をつけて一昨日から花が咲いている。冬の間はふきっさらしで、乾いた風にあおられては裸の黒い枝をわさわさと揺らしていた栃ノ木。住人の意のほか大きく育ちすぎて枯葉の掃除が大変だとか、花粉がすごいとか、何とか、何かにつけて文句を言われている栃ノ木だけど、私はこの木が大好きだ。この生命力、力強さ、逞しさ。この木を眺めているとどんなに心が萎んでいる日も、ようし、もう少し頑張ってみよう、と思うことができる。だからこの木が誰かの手で切られてしまわぬように見張っている。どんなにみんなが嫌っても、私がこの木を守ろうと思う。
ところで頑張るということについてだけれど、私の頑張るは他の人と多少違っているかもしれない。私の頑張るは、もう少し続けてみると。無理をすることではない。我慢することでもない。自分ができるところまでやってみること、それだけのことだ。人生を楽しむことが私の人生の中心なのだ。私の大切な友達が夜空に光る美しい月になってから、私の人生観がぐるりと変わった。何が本当に大切かを、月になった友達が、こんな形で教えてくれたのだと信じている。

土曜日。今日は旧市街で骨董品市が開かれる日。午前をゆっくりと過ごしてから、バスに乗って旧市街に行った。骨董品市の雰囲気が違うのはレイアウトが少し変わったからだ。それから空が明るく、人々の足取りが軽いからだろう。いつものようにこれといった探し物もない、単なる冷やかし。見て歩くだけのことだけれど、月に一度、こんな楽しみがあってもいい。と思っていたところ、素晴らしい絵を見つけた。素晴らしい。店には先客がいて、店主とは何時まで経っても話ができそうになかった。そのうち痺れを切らして、またあとで戻ってこようと店を離れた。向こうの方にある椅子の店。正確に椅子ばかりではないけれど、いつもそこには沢山の鉄製の椅子が並べられていて、人々の関心を惹いている。こういうものを家に置いたら面白いと思うけれど、おそらく相棒はあまり喜ばないに違いないから、眺めるだけだ。ぐるりと骨董品市を見て歩いて先ほどの絵のことを聞こうと思って戻ったところ、長いこと話をしていた、あの先客が購入したとのことだった。ああ! そういうこともあるのか、と全くがっかりだった。もっとも私には手の出ない値段がつけられていたから、購入できるはずもなかったけれど。もう一度見たかったな、店主に絵の話を聞かせてもらいたかったな、と思いながら骨董品市を後にした。
歩いていたら、ひとり、ふたりと植木を入れた袋を抱える人を見かけた。その数は、先に行けば先に行くほど多くなって、思い浮かんだのが花市。きっと郵便局の前の広場で花市が開かれているに違いない、と行ってみると、あった、あった、春の花市。小さな広場に所狭しと並べられた植物を人々が嬉しそうな声を発しながら眺めていた。美しい土曜日。春はすべてが美しく、眩しく見える。数週間すれば日差しが強くなって、光の色も変わるだろう。そうしたら短い春が終わり、初夏がやってくる。そして駆け足で夏になるだろう。

天気が良いので沢山洗濯をした。沢山洗濯するのは良いけれど、アイロン掛けが大変だ。アイロンが掛っていないシャツなんて、アイロンが掛っていないジーンズなんて。アイロンが掛っていないシーツや枕カバーなんて。もう、アイロンが掛っていないなんてありえない、そういうことが深く身に沁みついてしまった。それが良いかどうかは分からない。でも、確かに、アイロンが掛っているシーツは気持ちがいい。




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