新芽

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寒がりの私が冬のコートを止めて、薄いトレンチコートを着るようになった。春になった証拠である。見回せば、周囲の人々はひと足もふた足も先に春の装いになっていたようであるが、遅すぎることはあるまい。私は私のペースで春を感じればよいのだから。居間の窓の前の栃ノ木は、秋に葉がすっかり落ちて以来、丸裸だった。ところが2日前、枝の先っぽに緑色の玉のようなものが着いているのを見つけた。その不思議な様子にどんな展開があるのかと楽しみに観察していたところ、今朝緑色の玉はふっくらと、まるで花弁のように開かせた。新芽だった。春だ、春だと新芽が歌っているようで、見ている私まで嬉しくなった。春はいい。寒い冬が終わった後に訪れる春は誰にとっても嬉しいものに違いない。

一昨日、相棒が地下倉庫からお酒を持って上がってきた。それは細い深緑色の瓶で、2001とラベルが貼られていた。明らかに私が書いた数字だった。ジーノのNocino。相棒と私の古い友達であるジーノが作った胡桃のお酒。木から落ちた胡桃の実を拾い集め、90度のアルコールに浸けて作ったものだ。なかなか手間が掛るそれを、分けて貰えるのは全く有難いことだった。ジーノと知り合ったのは、まだ相棒と私がアメリカに暮らしていたころ。結婚を前にして私が初めてボローニャに訪れた時のこと、1993年のことだ。ジーノは相棒の幼馴染の恋人だった。背がひょろりと高くて何を考えているのかよくわからない、というのが私が得た彼の印象だったが、おそらくジーノも私のことを何を考えているのかよくわからない外国人だと思ったに違いない。私たちがアメリカの生活を引き払ってボローニャに来ると、私たちの交流は深いものになった。ジーノと彼の恋人と私たちは、本当にいつも一緒だった。だからジーノが恋人と別れたとき、私たちは困ってしまった。何故ならどちらも同じくらい好きだったからだ。結局恋人はローマに仕事を得てボローニャから出て行ってしまったから、ジーノとの交流だけが残った。山に暮らしていた彼は週末になるとやってくる私たちを歓迎してくれた。庭で肉を焼いたり、山のお祭りに行ったり。私たちの分もお願いね、と冗談で言った一言を真に受けて、毎年律儀にNocinoを作っては、瓶に詰めて分けてくれた。そして家に帰ると私はラベルを張るのだ。2001というのは2001年のNocinoという訳だ。コルクを抜くといい匂いがした。ジーノのお酒。小さなグラスに注いで舐めてみたら、驚くほど美味しかった。ジーノとは、2010年くらいまで、まるで兄弟のように付き合っていたが、いつの間にか疎遠になってしまった。それを私は寂しいとずっと思っていた。言葉にこそ出さないけれど相棒もまた寂しいと思っているに違いなく、いつか再び昔のように友達付き合いができればいいのにと思いながら、年月だけが過ぎていく。一昨日思いがけずジーノのお酒を頂いて、そんなことを思い出していた。ジーノは。ジーノは私たちのことを思い出すことはあるのだろうか。そうであればいいのに。春になると木の枝に新芽が出るように、私たちの友情にもそんな新芽が出るといいのに。

それにしたって週末はあっという間に過ぎていく。これは世界共通。楽しい時間とはそういうものなのかもしれない。




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