土曜日くらい時間に追われずに居たい

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昨夜の雨はそのうち止んで、風が吹き始めた。時々、強い風の音がした。がたごと。それは日除け戸が風にあおられた音で、何だかいやな雲行きになったと思いながら眠りに落ちた。朝になると青空だった。昨夜の雨が空の塵を洗い流してくれたのだろう。青空に浮かぶ大小の雲が風に押されて、まるで空に浮かぶ船のようだった。船は行き交うことは無く、皆同じ方角に向かっていた。南東の風だった。空気は冷たいが、そのうち徐々に温かくなることが予想された。

相棒は私より先に起きてテラスの金木犀の剪定をしていた。今の時期にするのが正しいかどうかは分からない。ただ、枯れて花がつかないばかりか葉もつかない部分の枝を切り落とさないわけには行かなかった。さもなければ樹全体が病んでしまうに違いない。そう言ったのは私で、本当は自分で剪定をしようと思っていたのに、寝坊したために先を越されてしまった。いや、たとえ私が先にお起きていたとしても、相棒は自分がすると言ったに違いない。彼は自称、植物の魔術師なのだ。彼が手を加えた植物は、どんなに枯れていても元気になる、と。まあ、良い。私にしても鋏で硬い枝を切り落とせるのか疑問だったから。それに冷たい風の中で剪定作業などして風邪をぶり返したらどうしようと思っていたのだ。作業を終えた相棒は実に満足げだった。此れで大丈夫。この秋は沢山の花が咲く。相棒は自信ありげに言った。有難う、有難うと感謝すると、彼の満足度は高まって、青空に飛んでいってしまうかのようだった。

土曜日くらい時間に追われずに居たい。私は何時の頃からかそんな風に思うようになった。朝食を楽しみ、家の中をざっと片付けたら、昼になっていた。昼食にしようかと思ったけれど、あまりに外が明るいので、身支度をして家を出た。旧市街を歩こうと思って。
明るいけれど風が冷たかった。私はいつもの装いで、まだ冬のそれだった。周囲の人達はといえば、俄かに春へ向かっているらしい。腰丈のジャケットや若干薄手のオーバーコート。私のようにきっちり着込んでいる人も勿論居るにしても。恐らくは数日前までウールの帽子を被っていたに違いない年配の男性たちも薄手の帽子に着替えて、春を意識しているように見えた。こういう人達を見ると嬉しくなる。幾つになってもお洒落心を忘れない人達。季節を楽しむ心を忘れない人達。私もそうでありたいと思う。それにしてもなんと沢山の人達。マッジョーレ広場には腰を下ろして太陽を楽しむ人達がいっぱい居て、そんな時期になったのだと感慨深かった。冬の間はこの広場に腰を下ろして時間を過ごす人など居なかったから。広場に面して建つサン・ペトロニオ教会。広場を挟んで教会の正面に建つのはポデスタ宮殿だ。美しい回廊を持つこの宮殿は、私のお大の気に入り。その宮殿の地上階に新しい店が開いたのはこの冬のことである。SIGNORVINO(シニョールヴィーノ)と言う名のその店は、国産ワインだけを扱い、食事も楽しめる、イタリアでも有名な投資家の店である。店はチェーン店で、色んなところに構えているらしい。私は実を言えばチェーン店なるものが好きじゃない。チェーン店と言うだけで、急に興醒めしてしまう。だから随分前にオープンしたこの店も気になりながらも所詮チェーン店だからと足を踏み込まなかった。しかしポデスタ宮殿の中の店ともなると、一度くらい中に入ってみたくなるものである。それから数日前姉に訊かれて探しているものがあった。南イタリア産の白ワインだ。そんな幾つかの理由を作って中に足を踏み込んだ。店は充分混んでいて、テーブル席が相手はすぐに次の客で埋まるといった具合だった。きょろきょろしている私に声を掛けてきたのは、一見外国人風の、しかしボローニャに生まれて育ったに違いない店の人だった。こんなワインを探していると言う私に、彼は私を奥のほうに誘導して、美しい2本のワインについて説明してくれた。私は興味を持ってその話に耳を傾け、そして心底驚いていた。なんと沢山の知識を持つ人なのだろう。もっと話を聞きたかったが、忙しいらしく、誰かに呼ばれて向こうに行ってしまった。さて、この2本のワインだけれど、2本合わせると50ユーロ。此れが高いか安いか。正直言って、私には大変高価なワイン。特別な日にしか購入できそうに無い。ふと見ると、テーブル席ばかりでなくカウンターでワインを楽しめるようになっていた。それで喉を潤す為に爽やかな白ワインを注文した。ひとりのときはこんな風にカウンターで立ち飲みワインが私の好みなのである。何事も先入観ほど怖いものは無い。またね、と店の人に挨拶をして、外に出るとなりそう思った。チェーン店だから、と足が向かなかったこの店だが、悪くない、全然悪くない。個人店のような店主とお喋りする楽しみは無いが、こんな雑踏みたいな雰囲気の中で、人間ウォッチングを楽しみながら立ち飲みワインするのも、また愉しい。また立ち寄ってみようと思った。広場では路上の音楽家たちが音楽を奏でていて、彼らを取り囲むようにして人々が耳を傾けていた。春はもう来ているのかもしてないと錯覚するような、穏やかな土曜日の午後だった。

重い冬のコートを脱ごう。3月から春らしく軽快に行こうじゃないかと提案する私に、相棒はとても懐疑的だ。まだ早い、油断するな、冬はまだ終わっていない、と警告するような言葉を投げかける。さあ、賽の目はYES とでるか、NOとでるか。私はYESと出ると思う。春は、本当に私たちの背後まで来ている、そんな気がしてならない。




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