絆とか、家族とか。

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春へと向かう中、周囲は風邪やインフルエンツァに病んでいる。冬の終わりに来て気が緩んだのか、それとも防ぎようの無いものなのか。兎に角、家に帰ってすることはまず、手を洗うこと、うがいをすること。日本では当たり前のようなこの習慣は、此処では当たり前でもなんでもない。そういうことが、ああ、此処は日本ではないのだ、と思うよりも先に、ああ、私はやはり異国人なのだと思う。日本の几帳面な生活習慣は、時として感心されることがある。さすが日本人だな、と言われると、私はちょっと照れてしまう。まあ、私が保っている日本の生活習慣は、数えるほどしかない。例えば待ち合わせの10分前に行くなんて習慣は、何時から無くなったか覚えてもいない。

寒さが少し緩んだとは言え、朝晩の気温はまだ1度、2度と低い。だから冬の長いコートを着て仕事に出掛けるのだが、このところ少々飽きてしまった。早く薄手のコートに着替えたい。クローゼットの中の薄いコートを眺めながら、そんなことを思う。3月とてボローニャは油断は出来ないと言うのに。私が初めてボローニャに来たのが3月だった。私と相棒はアメリカに住んでいて、結婚をする前に家族に会ってみたいと思ってのことだった。ひと月とちょっと、私たちは仕事を休んで、ボローニャへと飛んだのは3月初旬だっただろうか。明るい日差しに満ちた乾いたカリフォルニアとはあまりに違い、まだ冬の匂いが充分する湿った雰囲気で私は驚いた。これがボローニャ。私が得たボローニャの第一印象はあまりにも陰気臭かった。午後のまだ日が暮れそうにない時間に散歩をすると、地面から冷気が立ち上がり私を酷く苦しめた。陽の当たらぬ場所に行こうものなら、首をすくめてしまうほど寒かった。この寒さは気温が低いと言うよりも、湿度が高いせいで、この街に生まれ育った相棒ですら、湿度の高さに文句を言った。ひと月の滞在だったが、ボローニャに着いて間もなく入院などしてしまったものだから、随分と損してしまった。だから退院すると周囲が心配するのをよそに、南へ、北へと小旅行を企てた。私が幸運だったのは、小旅行をすると知った相棒の友人が、自分の車を使えばいいと申し出てくれたことだ。暫く使わないからとはいえ、車を1週間も貸してくれる人など、そう滅多にいないだろう。ウンブリア、ローマ、トスカーナ辺りを回り、それはそれは愉しかった。ボローニャに戻って車を友人に返すと、今度は早朝の各駅列車に乗ってヴェネツィアへ行った。まだ相棒の家族が眠っている時間に家を出て、バスで駅へと向かうのは辛かったが、ヴェネツィアに着いたら、そんなことはすっかり忘れてしまった。美しいヴェネツィア。疲れないようにと諭す相棒の声に耳もくれずにひたすら歩いた。地図を持っていたが、そんなものは役に立たなかった。地図を見ていたら歩きにくかったし、見ていたとしても何時も何処かの袋小路に辿り着いてしまった。まるで魔法のような街だった。アメリカの友人知人たちが、ヴェネツィア、ヴェネツィアと騒ぐわけだ、と思いながら、そんな場所に自分が来て歩いていることが信じられなかった。夢なのではないかと幾度も思った。そう思ったのは相棒も同じだったらしく、夕方の電車でボローニャに戻る予定だったのに、一泊しようと言い出した。長いことヴェネツィアに来ていなかった相棒は、この街の美しさと魅力を忘れていたらしい。でも、私たちは何も持ってこなかったし、私は宿泊に必要なパスポートすら持ち合わせていなかった。結局一泊せずに、遅い電車でボローニャに戻った。相棒の家族の家に帰ってきたのは夜の11時頃だっただろうか。家族はすっかり眠りについていた。喉が乾いて水を求めてキッチンに行ったら、テーブルの上にピッツァを乗せた皿がひとつあった。外で食べるようなピッツァではなく、見るからに自家製のピッツァだった。翌朝、母親が相棒にこういったらしい。折角みんなでピッツァを食べようと思って作ったのに、あんたたちは帰ってこなかった、と。ヴェネツィアから帰りは遅くなると電話をしたではないかと諭すと、それでも母親は夕食時には帰ってくると思ったらしく、ピッツァを作って待っていたらしい。そのやり取りを眺めながら、私は、ああ、母親と言うのはそういうものなのかもしれない、と思った。私の母親もまた、そんな人だ。どんなに大きな大人になっても、息子は、娘は、やはり母親にしてみたら大切な子供なのだ、と。もっとも、その数年後ボローニャに暮らすようになって分かったのだが、イタリアの家族の絆は他の国のそれよりももう少し深くて、だから食事時に同席しないなんてことは、実に甚だしいことであることなのだ。相棒の代わりに私がごめんなさいねと謝ると、母親は少し恥じたらしく、そんなのいいのよ、と言って向こうに言ってしまったけれど。あの日のことは今になっても忘れない。もう24年も前のことだというのに。急にこんなことを思い出したのは、何故だろう。

それにしたって、明日はもう金曜日ではないか。やった、やった、と小躍りする私に相棒は言う。明日が金曜日なのがそんなに嬉しいか。私は心の中で思う。うん、こんなに嬉しいことはない。それから金曜日の晩はもっと嬉しいのよ。もしかしたら一週間でいちばん嬉しい瞬間かもしれない。




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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
つばめです。
昼間に少しチューハイを飲んでしまいました。
母が知ったら、ひっくり返るでしょう。
人生、あきらめたくないのに、思うように行かないことが多い。こんなこと、言いたくない。

2017/02/24 (Fri) 02:24 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。昼間にチューハイ!実は私、チューハイなるものを頂いたことがなくて、それが強いのかどうかも分かりません。昼間のチューハイは美味しかったでしょうか。お母様が知ったらひっくり返る・・・そうですね、もし母が、私が昼食にワインを飲むと聞いたらひっくり返るでしょうからね。

2017/02/25 (Sat) 00:26 | yspringmind #- | URL | 編集

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