橙色の髪

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今日も雨。窓辺に立って小さなため息をつく。別に何処へ行くでもなく、今日は姑に処にも行かないが、それでも雨だと言うだけで憂鬱になって、雨だれを耳にしながら猫に気づかれないように小さなため息をつくのだ。猫は私の溜息を聞くと心配になるらしい。私の顔を覗き込み、どうしたの、とでもいうような顔つきでにゃーと鳴く。以前、私が悲しくて涙をこぼした時から、そんな風になった。だから猫に聞かれないように、私が何かで残念がっているのを悟られないようにしているのだ。腕の中にすっぽりと入ってしまう程の此の小動物に、心配をかけるのが嫌だから。

今日は一日辛抱強く雨が降っている。止むことなく降り続ける雨。この雨に比べれば、昨日の雨はまだ友好的だったと思う。土曜日。この土曜日は家から出るのは止そう。ゆっくりと起きて遅い朝食をとったのも、そんなことが理由だった。そのうち雨が止んだのが私に外に出るようにと言っているように思えて、重い腰を上げた。土曜日くらい外を歩かなければ、歩くことを忘れてしまいそうで怖かった。それに良い気分転換にもなる。どんなことよりも歩くことが好きだったのに、近ごろの私はすっかり歩くことに消極的なのだ。さあ、さあ。自分で自分の背中を押すようにして外に出た。まだ路面は濡れていたが、傘を差す必要が無いのが嬉しかった。本当は髪を切りに行きたかったのだが、こんな時間になってしまっては酷く混んでいるに違いないから、と諦めていた。でも、もしかしたら、と淡い期待を胸に店に行ったところ、予想通りの混み具合だった。なのに、どうしても髪を切りたくなって待つことにした。髪を切ることが、歩くことと同じくらい好きだ。髪を切ると清々しい気分になるからである。この店に通い始めて何年経つだろうか。寒い冬の12月に、たまたま前を通り掛かり中に入ってみたところ、雰囲気が良くて髪を切って貰ったのが始まりだった。初めは異質な存在だった私であるが、そのうち店で働く人々も周囲の客も目が慣れたらしい。私にしても店の中での居心地がそう悪くなくなり、少々待たされても苦にならなくなった。ようやく自分の名前が呼ばれて鏡の前に座った頃、ひとりの客が店に入ってきた。それはすらりと均整の取れた背の高い女性で、思い切ったショートヘア、そのショートヘアが見事な橙色で、私の目が釘付けになった。他にも美しい女性客は沢山いたが、この種の美しさを持った人は彼女だけだった。この種、というのは、知的な感じのする、決して美人ではないのに、決して着飾ってもいないのに、華やかで存在感のある美しさだ。実際、一瞬誰もが注目してしまう程の美しさだった。彼女はそういうことに慣れているのか、それとも自分の美しさに気が付いていないのが、全く無造作にソファに腰を下ろし、自分の鞄の中から何かを取り出すことに夢中だった。私はその様子を鏡越しに眺めていた。橙色のショートヘアの彼女の鞄は春の森を思わせるような緑だった。鞄は私にしてみたら大変高価なもので、そうそう手が出るようなものではない。ボローニャの高級セレクトショップのガラス越しにしか見ることが無いその鞄だが、彼女がその中から春の森を思わせる緑色を選んだことが嬉しかった。彼女はちゃんと知っているのだ。橙色の髪にはこんな緑色が似合うことを。そうしていると鏡越しに彼女と目が合ってしまった。ばつが悪かった。全く失礼なことをしたと思い、私は彼女に話しかけた。あなたの髪の色にそのバッグは飛び切り良く似合う、と。すると彼女は苦笑しながら、この髪の色は本当に厄介で、生まれつきこんな色なのだと言った。けれども大好きな緑色と相性が良いから、大人になってからはこんな色の髪の色もいいか、と思うようになったらしい。若い頃はこの髪の色が劣等感の元だったと知って、私は多少ながら驚いたが、そういうものなのかもしれない、とも思った。他人には何ともないことも自分の中では大きな悩みの種になることが世の中には沢山ある。彼女にも、私にも、そして周囲の人達にも。
髪を切って清々した。相棒に言わせれば切る必要はないとのことだけど、本人が長くなったと思うのだから仕方がない。髪を切って、兎に角気分が良い。そして、街歩きとカフェでの時間。重い腰を上げて外に出てきてよかった。次の週末はサント・ステファノ広場で骨董品市。雨降りにならぬことを願おうではないか。出店する人々の為にも、骨董品市を楽しむ私達の為にも。

雨が降って地面が潤ったからなのか、枯れ木に小さな芽が吹いているのを見つけた。まだ早すぎるような気もするが、2月とはそういう時期なのだろうか。そのうち風が暖かくなったら、小さな芽が膨らむのだろう。そうして春がやって来る。春とは、私達の希望。決して言い過ぎではない筈だ。




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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
写真の床は、たぶんヨーロッパでよくあるんでしょうね。
そんな女性見てみたいです。
髪の色がばらばらな世界に居住したことがないので。

2017/02/08 (Wed) 13:59 | つばめ #- | URL | 編集
No title

yspringmindさん、こんにちは。yspringmindさんのお気に入りの街に引越しました。自転車を写真、良いですね。以前も沢山あったけれど、でも、乗られないのかな。変な質問でごめんなさい。

2017/02/09 (Thu) 11:57 | Tsuboi #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。床の大理石は、ヨーロッパによくあるものではないようです。これは市が指定するのではなく、ポルティコに続く建物の所有者が自分の好みで選んだものです。もう10年以上も前に選んだのでしょうね。だから床のセンスでその昔建物を建てた人のセンスが窺われるということです。
イタリアに居るとどの色が良いとか悪いとか、そういう基準は存在せず、それが好きか嫌いか、其れだけです。何でもありなんですよ。

2017/02/11 (Sat) 15:26 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: No title

Tsuboiさん、こんにちは。どうですか、新しい生活は。これから春が来たら街の散策が楽しいでしょう。
ところで私、もう30年くらい自転車に乗っていません。いや、20年前に少し乗りましたが、歩くのは全然平気なのに、自転車をこぐ力が無いのです。訓練すればいいのかもしれないけれど。

2017/02/11 (Sat) 15:29 | yspringmind #- | URL | 編集

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