バールに通う

DSC_0074 small


昨夜、眠っているうちに雨が降った。冬の休暇に入って睡眠時間が充分過ぎるのか、夜中に必ず目が覚める。雨が降っているのに気が付いたのも、そんな理由があってのことだ。ベッドからそっと抜け出して、窓の外を覗いてみた。地面が黒く濡れていて、ああ、雨が降っているのだと思った。雨は嫌い。でも、こんな静かな雨は心が落ち着く。それに少し乾燥していたから、誰にとっても少しは有難いに違いなかった。

年が開けたその一日こそ祝日だが、翌日には普通の生活に戻る。これがイタリア風。普通の生活に戻ると言いながらも、しかし休暇中の私のことだ、時間に追われない、実に肩の凝らぬ毎日である。気が向いたら外に出て、近所のバールでカップチーノを頂き、気が向いたらバスに乗って、旧市街の散歩を楽しむ。散歩をするには少々寒いが、ぶらぶらとあてもなく歩く楽しさは、したことがある人にしか分からないだろう。
昨日の午後、ふと思いついてバスに乗った。旧市街の、いつものバス停より少し先で降りてみたのには理由などない。ほんの気まぐれ。そんな気まぐれが出来るのも、休暇中の特権。バスを降りてポルティコの下をそぞろ歩く。寒いのに人が多かった。いつもなら嫌いな人の波だが、其れすら暖かく感じる要因に思えるほど、寒い午後だった。ポルティコが途切れたところで右に曲がり、市庁舎の方へと歩いていたら、ふと目に飛び込んできた。それは本屋のショウウィンドウに並んでいた本だった。へえ。足を止めてガラス越しに本を眺め、また歩き始めたが引き返して本を眺めた。ふん。そう言って、また歩き始めたのに引き返して今度は本屋の中に入った。中に入ったらすぐ右手の棚にその本は並んでいて、まるで私を待っていたかのように見えた。本を手に取って改めて眺めてみる。本の名前はAndavamo da Zanarini。直訳すれれば味気ないこの本の名前だが、そのタイトルから一種の興味が私の心の中にむくむくと湧き起こるのを感じていた。ボローニャで知らぬ人は居ない、サン・ペトロニオ教会の背後の小さな広場に面して在るカフェ・ザナリーニ。いや、当時はバール・ザナリーニと呼ばれていたらしい。戦後のボローニャの、一種のステイタスともなるような存在で、ボローニャの人達、とりわけ洒落た人達や知名度の高い人達が好んで通ったらしいバール。そんなバールに私たちは通っていた。いや、作者が男性だから、僕たちはザナリーニに通っていた、だろうか。当時のこと、当時の仲間を酷く懐かしむ音にも聞こえた。本の表紙には古い写真。1960年代後半に写されたらしいその写真には、当時はカッコイイともてはやされていたに違いない車に、ザナリーニに集まっていた仲間たち数人。若そうで若くない、皆それなりに豊かで、休暇にはパリだ、ニースだ、サントロペだ、と散っていくような人達。たかだかバールに通う為に、パリッとしたスーツスタイルにきちんと締めたタイ。髪には櫛を通して。洒落た装いでザナリーニという社交場に通うのが約束事だったのかもしれない。バールと言っても他のバールとは訳が違う。そんな風に言っているかのような写真だった。私が知っているザナリーニは1995年以降の、実にここ20年ばかりのこと。私が見ることのなかったザナリーニ、其処に通う人々、ボローニャという街に生まれて暮らしたその時代の人々のことが書かれているに違いないと思って、私は本を購入した。
昨晩、相棒に本を見せた。ハードカバーでもないシンプルな装丁の本が14ユーロという値段に驚愕したのは別として、相棒は大変関心を持ったようだ。私より随分年上の彼のことである。70年代に彼がボローニャで仲間たちと遊び歩いたことを思い出したのかもしれない。髪を肩まで延ばして、大きな菓子店の娘とつるんでいた頃のこと。この本に出てくる人達より若いに違いないが、確かに相棒もまた、本の中の人々のようにバールに通い仲間たちと集い、様々な話をしたに違いないから。本の中に挿入されている幾枚かの写真を眺めながら、目をきらきらさせていた。

現在のザナリーニも一種のステイタスのような存在で、春や初夏にはテラス席を陣取って、カップチーノやシャンパンを頂く人達が沢山いる。2013年に経営者が交代して、昔のザナリーニの匂いは消えてしまったけれど。ザナリーニ一族が営む、昔ながらのあの雰囲気は、経営者交代と共に過去という名の箱の中に閉じ込められてしまったと言っていい。
本を買ったが、まだ読み始めていない。今夜、ベッドに早めに入って一頁目を開くのが大変楽しみなのである。




人気ブログランキングへ 

コメント

ザナリーニには私も数回お邪魔しましたが、チョット敷居が高かったです。でもその本の内容に興味深々です。
今年もよろしくお願い致します。

2017/01/04 (Wed) 08:12 | Via Valdossola #P6wRKz4w | URL | 編集
No title

yspringmindさん、明けましておめでとうございます!昨日パリへ戻ってきました!年末は思いがけずお会い出来、とても楽しい時間を過ごす事ができました。どうもありがとうございます!ボローニャ小さいけれど素敵な所で、(翌日Faenzaに陶器美術館へ一人半日旅行しましたが、こちらも良かった!)ミラノへ31日に行くまで親子で歩き回りました!ちょっと短く髪を切り過ぎたとおっしゃっていたysringmindさん、私にはとても素敵に見えましたよ〜。本年もどうぞよろしくお願いします!

2017/01/04 (Wed) 13:06 | michiyo #hjUPE3us | URL | 編集
Re: タイトルなし

Via Valdossolaさん、あけましておめでとうございます。Via Valdossolaさんがボローニャに居た頃は、まだ昔のザナリーニ一族が経営していて、実にザナリーニって感じでした。あの店の菓子も」カッフェもとても美味しかったのに。本はなかなか読みやすいです。まるで手紙を、日記を読んでいるような感覚、と言ったらいいでしょうか。
今年もお付き合いお願いします。

2017/01/04 (Wed) 17:50 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: No title

michiyoさん、あけましておめでとうございます。年末年始の旅行、楽しめたようですね。michiyoさんのボローニャ来訪で私も楽しませてもらいました。Faenzaの陶器美術館にも行けたそうで、ああ、よかったです。今度はパリで会えるでしょうか。
髪が短いので襟巻なしでは出歩けませんが、髪が乾くのが何と早いことよ。そういうメリットもありますね。ははは。今年もお付き合いお願いします。

2017/01/04 (Wed) 17:55 | yspringmind #- | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する