クリスマスの準備

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12月8日はImmacolata Concezione、聖母受胎の日。イタリアの多くの祝日はキリスト教と深くかかわっているが、今日の祝日もそのうちのひとつである。昔はこの日にクリスマスの準備が始められたものだけど、今はそんな人は僅かと言って良いだろう。そして私は今でもその習慣を堅く守っているごく僅かなうちのひとりだ。快晴は今日の祝日に相応しかった。昨日のような深い霧で一寸先が見えなかったら、どんなに残念だっただろう。急に思いついて窓ガラスを磨いてみたり、家具の上を拭いてみたり。いつもなら嫌いで先延ばしにするようなことを敢えてしてみたら、何故こんなことが嫌いなのだろうとと不思議に思った。空気を入れ替えようと思って窓を開けたら、驚くような冷たい空気が流れ込んできた。この青い空は、空気が冷たいからなのだと知った。近所の家は4連休と決め込んで、遠出でもしているらしい。締め切った雨戸。静かな一日。私もこの週末は4連休にしてパリに行こうと夢見ていたが、何やら仕事が忙しすぎて遂に夢が叶わなかった。パリに美味しいチーズを買いに行こうと企んでいたのに。それから、パリで活動をしている女性の作品を見たい思っていたのに。これについてはもう何か月も考えていたことなのだが、残念ながら先送りとなった。残念。まったく残念だけれど、来年の楽しみと思えばいい。来年の12月はきっとパリの空の下。そんな楽しみがあるのも良い。

クリスマスの準備をした。居間にクリスマスツリーを飾ったのである。随分前に知人が大き過ぎてどうしようもないから、と言って相棒と私に譲ってくれたクリスマスツリーは、実際大きい。勿論天井に届くようなものではないが、私の背丈より高くて、天辺に飾る美しい星を飾るのが困難なくらい。でも、私は知っている。知人は私達にそんなカタチでクリスマスツリーを渡したかったのだ。クリスマスを祝おうとしない相棒と、クリスマスを祝いたい私に、大き過ぎるから困るんだ、使ってくれないか、なんてカタチで、私達の家にクリスマスツリーを送り込んでくれたのだ。何故なら知人は、同じような大きさのクリスマスツリーを後から購入しているから。世間の人は彼のことをお金があり過ぎて頭がどうかしてしまった老人と酷評しているけれど、私は少しもそう思わない。多分、彼は、素直に自分の考えを表現できないだけだ。私はクリスマスツリーを飾る度にそんなことを考える。ところでクリスマスツリーは箱の中で窮屈にしていたから、枝をひとつひとつ延してあげなければならない。これが実に面倒なのだが、同時に大変面白い。木とはこんな風に枝が伸びているのだ。この枝はこんな風に、上の方の枝はこんな風に、と本当の樅の木を思い浮かべながら。だからクリスマスツリーを飾るのに酷く時間が掛かる。そうして、たっぷり一時間かけて出来上がったクリスマスツリーに私も相棒も大満足だ。うちにクリスマスツリーを飾るようになってから、相棒は少しづつクリスマスに打ち解けたようで、私は心から嬉しい。

もう何年も前のこと。相棒と私は、ボローニャ郊外の平地の方に一軒家を購入しようと思っていた。大きな一軒家は二階建てで、二世帯住宅のようになっていたから、地上階は姑の為に、上の階は私達にと思っていた。家を取り囲む広い庭には樅の木が2本立っていて、家の持ち主は其れについてこんなことを話していた。ひとり息子が居て、彼が小さかった頃にクリスマスの飾りとして樅の木を植木屋さんから購入したが、捨ててしまうのが残念すぎて庭に植えたらこんなに大きくなってしまった、と。息子はとっくにに30歳を過ぎているから、樅の木は30歳以上ということになる。今まで何故木を切らなかったかといえば、妻との思い出があるからだと言った。若くして先だった妻。家族3人で幸せな毎日を送っていた頃の思い出と、2本の樅の木は重なっているらしかった。君たちはこの木を切ってしまうかい?と訊かれて、言葉に詰まった。切ってはいけないような気がしたからだ。結局この家の話はうまくいかず、断念することになった。其れを私と相棒は酷く残念がったものだが、今思えばこれで良かったのかもしれないと思う。相性というものがあると思う、土地とか家には。今の家は小さくて自分の庭さえないけれど、何となく居心地がいいから、相性が合うと言えばよいのだろう。ただ、時々思い出す。あの庭の2本の樅の木のこと。彼らがあの家を立ち退いた後、新しい家の主はあの樅の木をどうしただろう。根こそぎ抜かれてしまったかもしれない。それとも前の主の思い出を引き継いでいるのかもしれない。

夜がやって来るのが早すぎる。そして夜と一緒に霧が何処からか這い出すようにしてやって来た。もう一寸先も見えない。これがボローニャの冬だと思えば諦めがつく。これが典型的なボローニャの冬だと思えば。




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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
もうそこまでクリスマス、そして新年ですね。なんと早い。
今週末、旅行で奈良、京都に行ってきました。私は、奈良の文化や地名が大好きなんです。地名が飛び火野、若草山、竜田川、生駒、三笠山、飛鳥など、日本人が本来もっている好きな言葉の音のような気がして、きれいだなと思うんです。それと、大昔に、シルクロードを通ってここまで、よくギリシャやトルコの辺や中国から、物や人が来たものだと思うのです。どの時代、どの国でも、なにかしら人の行き来があって、交流があった土地が、大変なこともあったでしょうが、今も人を惹き付けるから、残るのかな。鹿が冬でもがんばっていましたよ。春日大社の参道は、静かできれいです。奈良は、私にとって、いいところです。

2016/12/11 (Sun) 15:30 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。本当に月日が経つのは早いものですね。11月が終わるなあと思っていたら、もう12月中旬になりました。目が回るほど早い。クリスマスも新年も、もう直ぐ其処まで迫っていますよ。
週末にならと京都だなんて、素敵ですね。今はもうすっかり冬景色でしょうか。紅葉はとっくに終わってしまったのでしょうね。ところで私は関東地方にばかりいますので、京都も奈良もこの長い人生の中で数回訪れたことがあるだけ。其れも数日だけの滞在だったこともあって、恐らく本当の奈良や京都を見ていないのではないかと思うのです。つばめさんが言う、飛び火野、若草山、竜田川、生駒、三笠山、飛鳥などの美しい地名、実は私三笠山と飛鳥しか知りませんでした。三笠山は、どら焼きの名前につけられていますねってその程度です。日本人なのに何だか恥ずかしいお話です。其れは別にして、本当に美しい名前と私も全く同感です。京都や奈良は変わることなく、確実に残ると思いますよ。
つばめさんにとって奈良はよい場所なんですね。そういう場所があるのは良いことです。
昔、修学旅行で奈良に行って、鹿に追いかけられたことを思い出しました。おせんべいが食べたかっただけなのでしょうけれど。

2016/12/12 (Mon) 19:59 | yspringmind #- | URL | 編集

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