見知らぬ女性

DSC_0041 small


鼠色の分厚い雲が垂れ込めている12月の空。日曜日というのにこんな空では楽しみも半減と言わんばかりに、外を歩く人の姿もまばら。窓辺で外を眺める猫の吐息。多分彼女もまた、同じようなことを考えているに違いない。街はもうクリスマスを迎える準備が整っているけれど、私の家は例年通り12月8日に準備する。こうした昔ながらの習慣が好きで、クリスマスの飾りつけは8日までしないと言い張る私を、周囲の人達はイタリアの頑固な老人のようだと笑う。あはは、本当にそうだ、と笑う私。いつの間にか人に揶揄われてもムキになったり怒ったりすることが無くなった。こういう時は一緒に笑ってしまえばいい。そうしたら自分も楽しいし、そうしたら周囲の人も楽しいから。

先日、旧市街ですてきな、其れは素敵なコートを見た。私が探し求めているようなスタイルで、恐らくはとても良い素材で作られたものだ。それがもし店のショーウィンドウにあったなら、思い切って中に入って試着のひとつもさせてもらうが、それが何処かの見知らぬ女性が身に着けているものならば、流石に眺めるだけしか方法がない。女性はエルメスのショーウィンドウを眺めていて、私にはそれが全て語っているような気がした。多分、私には手の届かぬ類のコートに違いないと。と、ガラス越しに私の姿を見たらしい彼女が振り向いて、私に笑みを投げかけた。此の笑みは、多分、何かしら? の類だ。それで、彼女のコートが素晴らしいこと、上質なカシミヤなのか、それとも上質なウールなのか、と訊ねてみた。すると彼女は有難うと言って、これはカシミヤではないけれど、質の良いウールで暖かくてとても軽いのだと言った。それにしても見たことのないデザインで、いったい何処のものなのかと一番聞きたかったことを思いきって口にすると、彼女はちょっと答えに困ったような顔をして、それからゆっくりと教えてくれた。これは、仕立てて貰ったものなの、と。訊けば、耳にしたことのある名で、以前は市庁舎の直ぐ傍らにあった店だ。何時の頃からかその場所を退いて、少し奥まった、目立たぬところに作業場を兼ねた店を開けた。女性がふたりで手作業をしている、あの店だった。生地は其の店で見繕ったもの、デザインはこんな風にしたいと彼女が言いつけたものだそうだ。ああ、こんな風にコートをゼロから仕立てる女性が居るのだ、と私は少し嬉しくなった。何故ならば、今はもう、店に手頃で丁度よいものが売っているから、服を仕立てる人などあまりいないのだ、服の仕立て業もそろそろ終わりが近づいているのかもしれない、と仕立て屋さんが溢したのを聞いたことがあるからだ。確かにそうかもしれない。でも、世界にひとつしかない彼女のコートを見ていたら、そんなことは無い、仕立てた服を愛する人はまだまだいるのだと思い、嬉しくなった。そうして私もまた、彼女が仕立てて貰ったコートを愛するひとり。服の仕立て業が廃れることは無いだろう。何故ならこんなに素晴らしいコートは、滅多に見ることが無いのだから。今の私には手が出ないけれど、そうねえ、それじゃあコートを仕立てましょうか、何て言える日が何時か来るかもしれない。気さくに答えてくれた素敵な彼女と、世界で一つしかない素適なコート。素適な晩を、と彼女が私に手を振ってくれたのは、もう空がどっぷりと暗くなっていたからだ。まだ、17時だと言うのに。

相棒が焼き菓子を持ち帰った。どうしたのかと訊けば、近所のバールで働くモニカが家で焼いたものだそうだ。姑の為に焼いたらしい。へえ、それはまた何故。と、訊くと、相棒が何時もバールで人参のケーキを姑の為に購入していたら、そんなに好きなら私に任せなさい、とモニカが言って焼いてくれくれたのだそうだ。へえ、それはまた何故。と、更に問うと、私が寿司や唐揚げを作った時に、試食と称して彼女にお裾分けをしているから、らしい。私への感謝を姑向けの人参ケーキを焼いて返すモニカ。それがとてもモニカらしくて、私はこっそり、くすりと笑った。




人気ブログランキングへ 

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2016/12/05 (Mon) 11:49 | # | | 編集
Re: No title

鍵コメさん、こんにちは。イタリアの選挙が終わり、ニュースは其れでもちきりです。どうなりますでしょうか。これ以上悪くなったら困るんですけれど。それでなくとも法律がころころ変わるイタリアです。この選挙でまた何か大きな変化があるのかもしれないと、私は心の中でこっそり身構えしているのですよ。

2016/12/05 (Mon) 23:37 | yspringmind #- | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する