本のある家

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日曜日の朝は天気雨で始まった。あまりの明るさに驚いて窓の外を覗いてみたら、光が降り注ぐなか、雨が降っていた。シャワーと呼ぶのがピタリとくるような降り方で、眺めているうちに楽しい気分になってきた。昼になると風が吹き始めた。南西からの風で、窓辺の木の枝が大きく揺れていた。それは暖かい風。11月とは思えぬような風だった。私は金曜日から酷い頭痛と関節炎に悩まされている。薬を飲んでも治らない。横になってもあまりの痛みに眠りに落ちては目が覚めてしまう。其れほど酷い痛みに襲われたのは初めてのことで、我ながら持て余している。気圧の関係かもしれないと思いながら、自分が老女のように思えて、苦笑した。昔、隣に住んでいた80過ぎのゼリンダおばあさんがよく言っていたではないか。歳をとると気圧の変化で体中が痛むのよ。

昔、家には本が沢山あった。特に、東京から田舎の一軒家に引っ越してからは家のスペースが広くなった分だけ本が増えた。父が本を読む人だったから。そして、それは姉にも通じるものがあって、姉もまた本を沢山読む人だった。私はそんな父と姉が家に持ち込む本を読んで育った。何しろ本が溢れていたのだから。だから自分で本を選び購入するようになったのは20歳を過ぎてからのことだった。父は推理物が好きだった。クリスティの本はあれもこれもあった。中学生になるかならぬかの私が読むには多少難しかったけれど、そんな本を読んでいたから欧羅巴の遠い地、まだ見ぬ土地のことをあれこれ想像したものだ。銀の食器を磨く文面は私の興味を掻きたてたし、方々から海辺の別荘に客達が集まってくる様子に夢中になったものだ。遺跡の発掘場所が舞台の時もあれば、田舎町が舞台の時もあって、その都度私の想像力が更に豊かになっていった。元々私は空想好きな子供だったから、これらを想像するのはお手のものだったと言えばよいだろうか。姉も父の本を読んでいたが、自分で買ってくる本は少し違った趣味だった。サガンや欧羅巴の作家の本が沢山あるかと思えば、日本人のエッセイと呼ばれる分野の本もあった。其の中にあったのが、森村桂の本だった。今となれば何と言う名の本だったかは思い出すことが出来ない。学生だった彼女はお金が無い。けれども母に真珠のネックレスを贈りたいと思って真珠で有名な御木本に月賦で購入したいと手紙に書くと、社長から返事が来て、望み通り月賦で、ピンク色の真珠のネックレスを購入することが出来た、と言った話だった。何と無謀なと思いながら、それを受け入れる人もいるものだ、器の大きい人は存在するのだ、初めから無理だと思うことなどないのだと思ったのを覚えている。彼女の突飛おしもない発想や行動。それが世間で良いと言われるか何と言われるかは私には少しも気にならなかった。私はあの頃から人はそれぞれ違うのだと思っていたらしい。それからこんなことも思ったものだ。運の良い人というのは確かに存在するらしい、と。彼女が次々に訪れる外国の様子を読みながら、いつか私にもそんなことが出来る日が来るのだろうかと夢見た。まだ外国に行けるのは限られた人達だった時代のことだ。10日間のヨーロッパ旅行に驚くほどの大金が必要な時代のこと。普通の人は外国のことはテレビや映画、そして本でしか感じることが出来なかった時代のこと。
そんなことを思い出したのは夢に見たからだ。子供だった私。4つ半上の姉。ざっくりと編んだカーディガンを着た父がいつもの肘掛椅子に座って本読んでいる姿。私の出発はあそこだった。冬の週末、陽当りの良い場所を陣取って静かに本を読んでいた父。私に本を読む楽しみを教え、まだ見ぬ外国を夢見させた。だから私がアメリカへ行くと決めた時、少しも反対しなかった。そうか、アメリカへ行くのか。たったそれだけだった。
運が良い人とは私のことだ。本を読むことを自然な形で教えてくれた父。本を通じて外国の存在を教えてくれた父。何時だって私がしたい事を頭ごなしに反対をしなかった父。そんな父の娘だった私は確かに運が良いと言って良い。私は夢を見ながらそう思った。そしてこんな夢を見たのは、最近本を読んでいないからかもしれない、と思った。

美しい秋の日曜日。締めくくりは真珠色に光る細い月。雨が塵を洗い落としてくれたかのように、しっくりと黒い夜の空に輝く月を眺めながら、それにしてもこんな遠くに来てしまうなんて、と柄にもなく、そしてすべて自分で決めて此処まで来たのに、海の向こうの家族が恋しくて堪らなくなった。




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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
賢いお父さんだったんですね。おちついた、広い心の。
yspringmindさん、日本から、世界の日本出身の方もつながってますからね。
言葉をよく知られて、ていねいに扱われてるのは、本やお父さん、お姉さんの影響ですか。
好きなおすすめな本、イタリアのおしえてください。

2016/11/07 (Mon) 02:53 | つばめ #- | URL | 編集
本、好き!

yspringmindさんへ。
おはようございます。スッカリご無沙汰、
夏以降、全く生活に余裕がありません……シクシク。
本はいいですね……もう買うまいと決心はするものの(笑)
選んで選んで買うから捨てられない。僕、本は捨てられないのです。
環境って凄いですね。素敵なご家族、羨ましいです。
僕もクリスティーは読破した口ですが、
殺人はお金と愛憎で起こる……教えて貰いました(笑)
本屋に行くと焦ります。夥しい書籍を見るにつけ、
残りの人生、この中で一体どれくらいの本が読めるのか……。
ページを捲る感覚と紙の匂いが好きです!
日本が恋しくなって来たらまた帰ってくればいいですよ。
浅草の近くでお待ちしています!(笑)

ブノワ。

2016/11/07 (Mon) 23:08 | ブノワ。 #kZkdgmoI | URL | 編集
No title

yspringmindさん、こんにちは。私も、自分自身が、ウワァー、随分遠くに来てしまったなぁー、と思っています。学生の頃、女友達はこぞって仏語を第二外国語として取っていましたが、私は冷めた目でふうん、と見ていました。「仏語はなぁ、鼻息で発音するんやでー」と話している彼女たちを冷めた目で見ていましたねぇ。英語さえあれば良いじゃない、とひねくれた私は第二外国語を特修しなかったので、今になって後悔しています。将来の計算なんかできませんもん。だからマ,今は苦労しています。で、本題...本があるのとないのとでは全然違いますね。私は学校に行くのが面倒なのと、やれと言われると出来ない人間なので、家にある本とあとは市場で勉強しています。

2016/11/08 (Tue) 13:03 | Tsuboi #jBJknt/Q | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。父が賢かったかどうか。何があっても文句を言わない、そういう点で大変賢く、寛大な父でした。それからとても優しかった。落ち着けで鳴く沢山の大切なことを教えてくれました。
本を沢山読んだことによって、多くの言葉を覚えたことは確かですね。ただ、今では私の日本語は多少なりともおかしくなっているのも確かですよ。姉にそう言われましたから。
私がイタリアの本で日本語訳されている、ギンズブルグの本が好きです。深くて、味があります。

2016/11/09 (Wed) 00:05 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: 本、好き!

ブノワさん、こんにちは。久しぶりですが、元気なようで何よりです。私も、余裕のない毎日を過ごしています。時間に余裕がないと心の余裕もなくなるものですね。
私にとっても本は切っても切れぬ縁。本が私にとってそうした存在であることを、私は喜んでいるのです。いくら時代がネット主体になっても私はやはり本、紙の頁を一枚一枚めくる本が好きです。これからもそれだけは変わることが無いでしょう。
浅草の近くで待っていてくださる?それでは七味唐辛子の店の前など如何でしょうか。

2016/11/09 (Wed) 00:16 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: No title

Tsuboiさん、こんにちは。フランス語、私は2年学びましたが全然モノになりませんでした。あの頃もっとまじめに学んでいたら、と思うと残念ですが、まあ、仕方ありませんね。これから頑張りたいと思います。尤もどれくらい頑張れるかが疑問ですけど、努力をするのは良いことです。
本を読むことは良いことです。なのに最近本を読んでいません。読みたい本に出合わないのが理由でしょうか。手持ちの好きな本はどれも既に20回以上読みました。飽きはしないのですが、そろそろ新しい本、何か良い本を読みたいなあ、なんて。本なら何でも良いって訳ではありませんからね。

2016/11/09 (Wed) 00:22 | yspringmind #- | URL | 編集

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