11月

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11月1日は諸聖人の日で祝日。今年はこの祝日が火曜日にあたったため、先週末から連休にしている人が多いらしい。昨夕仕事帰りに旧市街に立ち寄ってみたら、ポルティコの下のテーブル席ですっかり寛いでいる人々を沢山見かけた。ええ、連休を楽しんでいるんですよ、とどの顔にもそう書いてあった。私はいつだってカレンダー通りの生活。それが自分らしいと思っていたけれど、それに何か特別な愉しい計画もなかったから納得してのことだったけれど、それにも拘らず空が暗くなり始めて旧市街に橙色の街灯が燈り始める頃に早くもワインを片手に寛いでいる人々を見たら、ほんの少し羨ましく思った。

11月。アメリカに住んで初めて迎えた11月に私は少しの間レジデンスクラブという場所に住んでいたことがある。旧アパートメントから、次の場所に移るまでの短い間だった。新しい場所は荷物は運びこんでも構わないけれど、入居は月初めが決まりだからだった。だから私は少ない自分の家具類を運び込んだ後、着替えを詰め込んだ鞄を持ってダウンタウンのレジデンスクラブに腰を下ろした。小さな部屋だったが個室だった。バスルームは隣室との間に存在して、ふたりでシェアと言った具合だった。豪華な建物ではなかったし、宿代に含まれている朝食と夕食も決して私好みではなかったけれど、私には有難かった。必要な時に必要なものがきちんと与えられていることが。眠る場所があって、温かい作り立ての食事がある。これ以上望んだら、罰が当たると思った。レジデンスクラブという場所は様々なタイプの人が集まっていて、私には目が回るような場所だった。滞在者の中にはグループみたいなものが存在して、まるで中学校のようだと思った。まさかアメリカにまで来てこんなものに遭遇するとは夢にも思っていなかった。私はグループが嫌い。群れるのが嫌いなのだ。気の合う人同士が一緒に居ることがあったとしても、しかし常に纏まっているのは私の好みではない。ひとりひとりが違う色を持っていて、自由に付き合えたらいいと思っていたから、レジデンスクラブのグループの存在には全く驚いた。そんな時、ひとりの日本人女性と知り合った。私の友人の友人だった。私と彼女の共通点は日本語だけ。好みも違えば人生哲学も異なり、身に着けているものひとつ見てもそれは明解だった。なのに気が合った。それは彼女が群れるのを好んでいなかったからだった。ある日の夕方、ダウンタウンを歩いていたら声を掛けられた。振り向いてみたら彼女だった。見事なまでのカールを施した美しい髪。何か運動をしていたのか、美しく引き締まった肢体。細身のジーンズにショートブーツを履いた彼女は、正直言って格好が良くて参った。わあ、格好いい。正直に言う私に彼女はそんなことを言われたのは初めてだと言って喜び、私をぎゅっと抱きしめて礼を言った。そんな彼女の感情の表し方はとてもアメリカ人的だったが、彼女はアメリカに暮らしてまだひと月、ふた月しか経っていなかった。恐らく彼女は此処に来るべくしてきた人なのだろうと思った。誰にでも向いている土地や街があるように、彼女は招かれるようにしてこの国に来たのだろうと思った。ところで彼女が私を呼び止めたのには理由があった。この近くの大きな店が閉店セールをしている。其処に目をつけたジャケットがある。いよいよ価格が定価の半額以下まで下がったが、しかし学生の身にはやはり高価なものであるには違いない。一緒に見て貰えないだろうか。そんなお金を払うだけの価値があるのかどうか。そしてそのジャケットが似合っていて、購入する価値があるのかどうか。私はほんの少し迷いながらも、彼女に付き合って店に行くことにした。これから何か約束があるでもなかったし、格好の良い彼女が目を付けたそのジャケットとやらにも興味を感じたからだった。店は閉店まであと数日だった。割と高級なものを置いていた店だった。今はどんなに考えても店の名前を思い出すことが出来ないけれど、当時は有名な店だった筈だ。棚の半分は空いたままで、残っているのはあまりに高価で買い手がつかないものばかりだった。これなの、と彼女が手に取ったのは、黄色とも金色ともいえぬ光沢のある上質のコードュロイの、仕立ての良い腰丈のジャケットだった。クラシックな襟付きジャケットだが腰のあたりがきゅっと細く、スタイルの良い彼女が着ると全く驚くほど似合っていた。袖丈を直す必要もない、何処を詰める必要もない、彼女のために作られたオーダーメードのジャケットにすら見えた。恐らくはオフィスにお洒落をしていく女性向けに違いなかったが、ラフな彼女のジーンズ姿にもよく合った。最初に口を切ったのは私だった。似合う、とても良く似合う。これは逃す手は絶対にない。彼女は喜び、しかし値札をそっと私に見せた。それはひとり暮らしのアパートメントの家賃よりも高かった。其処から随分の割引をしても、学生の彼女にはやはり高額には違いなかった。ここから先はあなた次第。あなたが決めなくちゃ。そう言って私は彼女を残して店を出た。レジデンスの夕食を終えて、夜の空気を吸いたくなって街を歩いていたら後ろから声を掛けられた。彼女だった。ジャケットを購入したこと、これから節約しなければならないこと、でもとても嬉しいこと、そして私に礼を言いたかったと言った。そして、私を近くのコーヒーショップに誘ってご馳走してくれた。節約は明日からするからよいのだと言って。あの日を境に、彼女から時々誘われるようになった。私より年上なのに、私がとても頼りになるとか言って。ビール飲みに行かない?ううん、私はビールを飲まないのよ。それならコーヒーでもいいの。ちょっとあなたの意見を聞きたくてね。彼女はいつもそんな感じに話を切り出したものだ。

私達が最後に会ったのはいつだっただろう。24年前だろうか。私達が最後に電話で話したのは何時だっただろう。10年くらい前のことだっただろうか。そんなに離れているのに、不意に彼女のことを思い出したのは、多分11月のせい。11月のレジデンスクラブで知り合った格好の良い一匹狼。共通点は日本語だけ。案外それが良かったのかもしれない。




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コメント

No title

yspringmindさん、こんにちは。
体調は良くなられましたか。身長の大きな人は良いですね。ジーンズの裾を切る必要がありませんもの。私の背丈は157か8cmくらいですが歳とともに少しづつ縮んでいる気がしています。その昔、「大きいことは良いことだ」という文言がありましたよね。余りに小さいと貧乏臭く見えるし、かといって旦那よりも大きいと「ノミの夫婦みたいだ」と言われるようですし、難しいです。これはうちの親戚の話です。

2016/11/03 (Thu) 12:43 | Tsuboi #ZxyH4pz2 | URL | 編集
Re: No title

Tsuboiさん、こんにちは。彼女は長身ではなかったのです。多分あって155cm。何にとても格好が良かった。何か、服を着こなす技を身に着けていると言った感じです。私は蚊のイ所よりもさらに小さく、何時もジーンズの長さをつめなくてはなりませんでした。大きい人がうらやましいのです。次の人生もやはり女性に生まれて、しかし是非とも170センチ以上になりたいです。世界が違って見える筈です、高い目線から見ると。

2016/11/04 (Fri) 00:21 | yspringmind #- | URL | 編集
No title

yspringmindさん、こんにちは

11月と云う肌寒くなり、人恋しくなる季節

重ね着で、街を歩く人が増えて

思わぬお洒落な着こなしで、トキメキに出逢う刹那

そんなデジャブかもしれませんね^^


京都は、いよいよ

観光のピーク、錦秋の季節を迎えます


色んな国に人々が

京の街を闊歩し

街中で、思わず振り返る様な、お洒落さんにもすれ違うのが愉しみです^^

2016/11/04 (Fri) 00:28 | 高兄 #eP1cGWnA | URL | 編集
Re: No title

高兄さん、こんにちは。11月になって太陽を見る時間が随分少なくなりました。早くも防寒ばっちり出歩いています。夏はどんなラフな格好をしていても何となく格好良く見えるものですが、秋冬はそうはいきません。格好いい人とそうでない人の差は大きいです。私は飾るのが苦手。シンプル派です。街を歩きながら素敵な人を眺めながらお洒落の勉強をします。京都もすっかり秋ですね。嵐山を歩いた秋はもう一昔前になってしまいました。

2016/11/04 (Fri) 23:18 | yspringmind #- | URL | 編集

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