秋の贈り物

DSC_0008 small


数日前、テラスに続く大窓を開けたら、ほのかに甘い花の匂い。何だろう、とテラスに出てみたら橙色の金木犀の花が咲いていた。9月の終わりに少し咲いたけれど、直後の風雨ですっかり花が落ちてしまい相棒と私を大そう残念がらせた金木犀だった。今年は葉の付も悪ければ、花もあまり咲かなかった。何が悪かったのだろうかとふたりして頭をひねったものだ。だからこんな風にもう一度咲いたことを嬉しく思い、用もないのにテラスに出ては、うん、やっぱりいい匂い、と呟く。これはこの秋からの贈り物。疲れた心を癒してくれる。

私がよく覚えている母の年齢に自分がようやく辿り着いて、こんなことを思うようになった。母はあの頃どんなことを感じながら生活していたのだろうか。我儘盛りの私を育てながら外では仕事もこなして、どんなことを考えていたのだろうか。それは私が若い頃の元気を多少ながらも失って、楽しいことをするにしても常にわずかながらの疲れが伴うようになったからだ。あの頃の母はどうだったのだろう。私と母は根本的なところで違うとずっと思っていたけれど、やはり似通った部分があるらしい。当然のことだ。私達は母娘なのだから。私は母を見ながら育ったのだ。母のすることを眺めて学んできたのだ。だから、それだから、迷ったり落ち込んだりすると咄嗟に想うのである。母にもこんな時期はあったのだろうか。母はこんな時どうしたのだろう。昨年の春、そんな思いをメールで伝えたところ、母は大そう喜び、ちょうど私の年齢だった頃のことを少しづつメールに綴ってくれるようになった。こうしてメールを書けるうちに文字にしておきたいと思ったらしい。この夏帰省すると母はとても嬉しそうだった。私の為に食事を用意することにしても。一緒に食事の準備をしようとも言った。私が母の手料理を覚えるように。娘時代の私が何時も母の横で料理をしているのを見ていたように、私は年をとって作業が随分とゆっくりになった母の手元を眺めながら、ひとつひとつ説明する母の声に耳を傾けた。頑として独り暮らしを続ける母を案じる私に、まだまだ元気にやっている姿を見せたかったのかもしれないし、それとも確実に年齢を増していることを自覚して、出来るうちに私に色んなことを伝えておきたいと思ったのかもしれなかった。どちらにしても私には、有難いことだった。
今日、目を覚ましたら酷い頭痛だった。だからもう少し眠ることに決めた。外は素晴らしい秋晴れで、散歩に出掛けたかったけれども。次に目を覚ましたのはもう正午で、これほど遅くまで眠ったことにショックを感じながらも必要だったのだと思った。実際、朝のひどい頭痛は影を潜め、昨日の疲れも癒されていた。必要だった睡眠。そうだ、必要だったのだ。ずっと朝食を待っていた猫に食事を与え、自分の為にモカでカッフェを淹れた。太陽の光が眩しかった。人々は随分前に外に出掛けているに違いなかった。
ふと思い出したのは、その瞬間だった。母が編み物をしていた姿。編んでいたのはイタリア製の毛糸で、美しい憂鬱な紫とかグレーのモヘアだった。そうした色が母には良く似合っていたから、そんな色の毛糸でセーターを編んでいる母の姿も美しく見えた。先日、旧市街の細い道を歩いていたら小さな毛糸屋さんを見つけた。本当に小さな店で、しかし毛糸は選りすぐりらしく良い色のものが所狭しと並んでいた。母が、あの頃の母をこの店に誘ったら、大そう喜んだに違いない。あれもこれも手に取って、終いには決められなくなってしまうに違いない。昔母が新宿の伊勢丹の毛糸売り場で、どれもこれも気に入って決められなくて随分長い時間悩んだように。
どうして母のことをこんなに思い出したのだろう。全く不思議でならない。

3月末から続いた夏時間も今日で終わり。明日からは朝が少しだけ早く明るくなって、夕方は一気に暗くなる。毎年のこととはいえ、ほんの少し寂しい。10月末の季節の行事なのだ。そしてそのうち11月へと移ってゆく。




人気ブログランキングへ 

コメント

お久ぶりです

いつの日か 私の娘が お母さんのあの時の料理を作って食べたいと思ってくれる時が来る事を願い…
ノートを作ることを始めました

そのような日が来るのかは わかりません…恩着せがましく思われても困るので 密かにノートにしてます

先日 百貨店へ行くと 人だかりができていて…覗き込むと 毛糸売り場でした
その場で 編み方を教えてくれながら
毛糸選びを手伝ってもくれてました
驚く事に ご高齢の男性も編み方を習って 色選びに熱中されてました

そういえば 中学の時 男性の先生が編み物をしていた事を思い出しました
先生は、海軍出身で…数学の先生
英語は苦手だけど 編み物は、見れば編めると おっしゃって 友達が授業中 隠しながら編んでいた毛糸を取り上げて編み始めたのには、驚きました

懐かしい思い出です

2016/10/30 (Sun) 13:19 | 春風 #jgTtIlIo | URL | 編集

こんにちは。
なんて素敵な毛糸屋さん。
なんて素敵なディスプレイ。
こんなディスプレイする毛糸屋さん、見たことないです。毛糸が好きなんでしょうね。
こんな毛糸で編んだものは、色が生き生きとして気持ちいいでしょうね。
やさしいお母さんなんですね。毛糸を昭和のお母さんたちは、よく編んでましたね。一本の糸から物が出てくるっておもしろいですよね。
娘のことを思ってくれて、うれしいですね。いまも、いつも思ってらっしゃるでしょうね、娘さんのことを。お母さんかあ。
わたしも、お母さんをしてたときの、母に会いたいなあ。やさしかったなあ。でも、大人になったら、ある程度の距離にいた方がいいです。ほんとに。同じ屋根の下だと大変です。わたしの場合です。気がおちつきません。いつまでたっても、いえ、時がたつほど、一方は頑なになるし、一方はいつまでたっても娘でないのに娘扱いで、つかれます。なさけないですがね。自由になりたーい。自分の台所がほしーい。ふふ。
いい11月になりますように。

2016/10/30 (Sun) 14:15 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

春風さん、こんにちは。お元気そうで何よりです。
母親とは有り難い存在だな、と今頃になって実感しています。気が付くのが遅いですが、まあ、気が付いてよかったです。私の母は私が母はこの年齢の頃どんな気持ちだったのかと私が考えりようになったことを、とても喜んでいるようです。そしてそういうことを考えるようになった私を、大人になったと考えているようです。私自身は随分前から大人気分でしたけど。
春風さんの娘さん、何時か春風さんの料理ノートの存在を知ったらば、きっと喜ぶと思います。そうして改めて母親の存在のありがたさに気が付くのかもしれませんね。
男性が編み物。それは考えたことがありませんでした。そんな細かいことが出来るなんてねえ。あ、でも、そういえば知人でレース編みをする男性がいます。そう考えれば、男性も女性も関係ないのかもしれません。好きということが大切なのかもしれませんね。ちょっと編み物をしたくなりました。

2016/11/01 (Tue) 00:48 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。そうなんです、この店はちょっと素敵なのです。店の作り自体は大したことが無いのですが、店の前を通ると足を止めて覗き込みたくなります。少し前は細い絹の糸で編んだ襟巻がありました。光沢のある深い緑色で、こんなのを編んでみたいものだと思いました。昔は編み物もしましたが、近ごろは全然です。編み物教室の張り紙を見て、ちょっと心が揺れました。
つばめさんが言っていること分かります。母はいつまでも母。でも、大人になってからは少し距離を持って付き合うのが良いみたいです。母には母の世界があるし、私にも私の世界がある。そういうのを尊重しながら良い時間を持つようにしています。別に冷たい間柄ではないのですよ。仲良くいたいから、一定の距離を持つ。うまく言えませんが、つばめさん、分かって貰えるでしょうか。

2016/11/01 (Tue) 00:56 | yspringmind #- | URL | 編集

絹の糸を編む。いいですね。
それをやって見せてくれるおもしろい店ですね。
yspringmindさんのおっしゃる大人になっての親子観、いたいほどわかるんですよ。尊重することも。
でも、相手が変わってしまったのです。大好きだった母は、母という役目を終えて、まだそのような年でもないのに、石のようです。気持ちがね。
ほんとうに、きれいごとではすまされないのですから。

2016/11/02 (Wed) 17:07 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、絹の糸は編むと素晴らしい光沢で、手触りも優しく、いい感じなのです。昔そういうのを持ってましたが、何処かで失くしてしまいました。残念。
人間は年をとると頑なになるのかもしれませんね。母にしてもそうです。私は日本に帰るときは母のペースに、母のやり方に合わせています。私の方が若いから柔軟に自分を変えることが出来ますからね。

2016/11/04 (Fri) 00:15 | yspringmind #- | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する