雷音

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昨日から雨が降っている。雨季には早すぎるが、それもイタリアならばあり得ることだ。何事もスタンダードいというものがない。何があっても不思議でない。私が知っているイタリアとは、そういうものだ。それにしたって夕方になって一際強く降りだして、仕事の帰り道は散々だった。金曜日を楽しむために旧市街に立ち寄ろうと思っていたのを返上したのは、こんな雨では散歩どころではないと思ったからだ。真剣に雨が降っている、と言ったらよいだろうか。それともがむしゃらに降っていると言えばよいだろうか。兎に角そう言う訳で、最短コースで帰ってきた。雷が鳴り、稲妻が光る。それが怖いのか、真っ暗な家の隅っこに猫はうずくまっていた。何もそんなに隅っこに居なくても良いのに、と思う程の隅っこに。その様子が寂しがり屋の小さな子供のようで、ちょっと可哀想だった。大きな唸り声のような雷音は、私に思い出せ、思い出せと言っているかのようだった。何を。思い出すことは沢山ある。記憶のポケットが一杯になり過ぎるくらいに。

私がアメリカに渡って一番初めに住んだのは、ダウンタウンに隣接した界隈で、坂道に面していた。赤茶色に塗られた縦長のアパートメントで、確か5階まであった筈だ。建物の中に入るとあっけにとられるほど旧式のエレベーターがあった。手で開け閉めする金属製の扉。油が切れているのか、そういうものなのか、兎に角大きな金属音がした。故障が多くて時々停まってしまうから、なるべく階段を使うようにしていたのは私ばかりではなかった。時々エレベーターを使ったが、他の誰かが乗り込んでくると、狭くてどうしようもなくなった。そのくらい狭くて、調子の悪い旧式のエレベーターではあったが、建物の持ち主は、これを大の自慢にしていた。どうだい、こんな旧式のエレベーター。古い映画に出てくるみたいでいいだろう? などと言って。私がこの建物の4階に小さなアパートメントを借りることになったのは、私が建物の持ち主を知っていたからだった。丁度空いたその部屋を、私がアメリカへと発つ少し前から押さえておいてくれたのだ。幸運だったと言って良い。異国に到着して自力で住む場所を探すこともなく、交渉をすることもなく、すんなりと住む場所を得たのだから。あの部屋が私のアメリカ生活の始まりだった。建物を出て坂道を少し下ると交差点があった。交差点の角には移民してきた中国人若夫婦が経営するGolden Coffee Shop があった。朝食が美味しいので評判の店で、近所の人達がパンケーキを求めて足を運んだ、殺風景な店内。モダンな感じはなく、カウンターもテーブルも70年代、若しくは60年代からそのままと言った感じ。私にはそれが実にアメリカ的に思えて、そしてそんな場所で中国人夫婦がカフェを営んでいるのがミスマッチな感じで、とても魅力を感じたものだ。私が東洋人だから、そして近所のアパートメントの持ち主の知り合いだからということで、何時も良くしてくれた。店の前を素通りしようとすると中から手を振ってくれた。気が向いてコーヒーを飲みに行くと、いいからいいからと代金を受け取らなかった。駄目よ、そんなことならもう来ない、と言う私に、あなたは真面目ねえと笑った。店の外観も内装も少しも素敵でないのに客が多くやって来るのは、どうやら美味しい朝食だけでなく、この夫婦の人柄によるのだろうと思った。この店の隣にクリーニング店があった。本当に間口の狭い店。此処も中国から移民したと思われる年配の奥さんの店だった。時々洗濯物を持ち込むと、色んな話を聞かせてくれた。私はまだ英語を話すのに慣れていなかったから、相槌くらいしか打てなかったけれど、彼女はそれでも次から次へと話題を変えて、楽しそうに話し続けた。そればかりではない。私はどうやら彼女に好感をもたれていたらしく、この店の前を通り過ぎると彼女が飛び出してきて、私に話しかけた。気ままな生活を送っていたから、私は彼女のお喋りに付き合って、時には一緒に隣りの店でコーヒーを飲んだ。店はどうするの?と訊くと、いいの、いいのと笑う。閉めた店のガラスの扉に、隣でコーヒー飲んでいるから、と張り紙をしたから、時々洗濯物を持ってきた、若しくは洗濯物を引き取りに来た客がコーヒーショップに彼女を呼びに来たものだ。この界隈を案外気に入っていたのに、わずか数か月でアパートメントを出て行ったのは、色んな理由があったけれど、ひとり暮らしが不経済だからと言ったら一番正しいだろう。引っ越しをした後にこのふたつの店に足を向けて引っ越しをした報告をしたら、なあに、引っ越しをしたと言ったって僅か6ブロック先なんだから、たまには遊びに来てよ、と言われ、そう言えばそうだなあと顔を見合わせて笑ったものだ。実際、引っ越した先からダウンタウンへと歩く時は、大抵店の前を通ったし、引っ越した先の近所には気の利いたクリーニング店が無かったから、やはり時々洗濯物を持って行ったものである。どうしてこんなこと、こんな些細なことを思い出したのかと言えば、雷音のせいだ。雷音は懐かしいことを思い出させる。そうだ、私にとってあの界隈の、あの2軒の店と店主たちは楽しくて有難くて懐かしい思い出のひとつなのだ。もうひとつ、こんなことを思い出した理由がある。夢だ。数日前、夢を見た。私があの街を歩いている夢。私があの店の前を歩いている夢。嬉しくて、目が覚めたあとも胸がどきどきしていた。


雷音が遠くに去っていく。6時間も居座ったのだから、充分だろう。明日はきっと良い天気になるに違いない。




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コメント

こんにちは。
豪華な装飾や色の壁ですね。

イタリアはスタンダードがないっておもしろい。それぞれがマイスタンダードってことですよね。

アメリカの人はオープンマインドですか。
聞いてると結構世話好きな方が多い気がします。あっけらかんとしているのがいいですね。雷で思い出すのはおもしろいですね。

2016/10/17 (Mon) 16:33 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。この壁は旧ボローニャ大学構内の壁です。暖かい色でしょう? 昔この大学には名家の息子たちが通ったのですが、そう言う訳で贅を尽くしている訳です。ヨーロッパ最古の大学ですよ。
イタリアはスタンダードがない・・・というのはつまり、違っていても不思議ではないし、何でもありという感じが一般的だからです。勿論古い人達にはそれは通じないこともありますが、しかし昔だって、随分と何でもありだったのだと思います。だからレオナルド・ダ・ヴィンチのような人も存在したし、だからルネサンスも開花したのかもしれません。

アメリカの人達は、気さくです。皆、自分のことを洗いざらい話す感じがあります。それからアメリカに居ると自分を外国人だと感じないで済むのが実にいいです。

2016/10/17 (Mon) 23:07 | yspringmind #- | URL | 編集

こんにちは。
私は、ルネサンスもアメリカも大好きです。英語を中学でならい始めたとき、妹にアメリカに行きたいと何度も言っていたようです。
ルネサンスの頃は、どんな空気感だったのだろう。ダ・ヴィンチは実際会ったらどんな人だろう。思ったとおりの人だろうか。
ばらばらでいいよという世間に暮らしたことがわからないのですが、今、よく日本には同調圧力が働くとか、インターネットが流行ることで、裏の世界が表に出ただの言われるので、ちょっといいなと思うのです。大人になってから、なんてみんな世間を気にしてるんだと思うことが多くて。
絶対にアメリカかイタリアに行ってみようという思いが強くなりました。
イタリア人は家族をとても大切にすると言いますが、けんかはないのですか。

2016/10/18 (Tue) 06:59 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、イタリアに居たって世間を気にしないと言えば嘘になります。勿論世間は気にするのですが、そして特に古い世代は超が付くほど気にするのですが、有難いことに今の時代は何でもありのようです。ルネサンスの時代も多分世間を気にしていたかもしれませんが、しかし新しいものが生まれたと言うことは、まんざら悪い時代ではなかった筈です。新しいことを認めることが出来た時代。
ところでイタリア人は家族をとても大切にすると言いますが、けんかはないのですか・・・との質問には笑いました。しますよ。凄く喧嘩します。イタリア人程感情の激しい国民は勿論いると思うけど、イタリアに来たばかりの頃はその激しさに開いた口が塞がりませんでしたよ。

2016/10/21 (Fri) 23:21 | yspringmind #- | URL | 編集

しつこくてすみませんね。
やっとわかりました。
家族の結び付きが強いほどけんかになりやすいんだ。マンマっていってるけど、現実は、なるほど。そうですか、すごい感情のぶつかり合いを素直にやってしまうんですね。へー。
まあ、日本人は他人と喧嘩してる人をあまり見たことないです。イタリア人はするんだろうな。気持ちいいくらいに。日本人は外とうちで使い分けたりして大変なややこしい人たち。
アメリカはここから先はこの問題点はいくら兄弟でも入らんとこうねと線引きするから、日本人のようにいつまでもしつこい喧嘩にならないと聞いたことがあります。
何人がどうとかは人くくりにできるわけがないというのはもちろんわかってます。地域性もあれば、歴史的背景もあり、その上に立ってるのだから。
いっぺん、イタリア人の喧嘩見てみたいなあ。お年寄りは超こだわり派なのかあ。ヨーロッパのなかでも、長靴の半島みたいな形で、韓国みたいな位置ですね。ルネサンスの頃は、まあ、日本の奈良時代の奈良よりももちろん、世界中からやんやと人が入って来たんだろうな。日本も大仏開眼のとき、アジア地域からお祝いにたくさん来たらしいですよ。なんだか、今自分がここにいるのは、なんだかんだいってもその頃から生き抜いてきた人たちのながれの一点にいると思ったら、ちょっとおもしろいなと思います。
そうか、イタリア人の喧嘩は激しいのか。
yspringmindさんは、日本で言ったら最先端の東京で育ってこられたから、さぞかしイタリア人のお年寄りの超こだわりが響いたでしょうね。これと言ったらゆずらないみたいなところがあるんでしょう。麺のゆで方ひとつでも。ましてや、アメリカのサンフランシスコと反対みたいな感じですし。

2016/10/22 (Sat) 09:28 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、多分そうです。結びつきが強くて、真直ぐ見つめ合って付き合っているから、真正面から喧嘩します。本心をぶつけ合うから激しいけれど。
私について言えば、友達同士や仕事内での喧嘩はしたくないのです。さらりと流して、いやなこともさらりと流して気にしない。友達同士でよほど嫌なことがあれば、付き合わなければいいだけなのです。職場で嫌なことがあっても、仕事上の付き合いだと思えばいいだけなのです。でも、家族内はそうはいかないのです。相棒とはあまりによくケンカするので誰もが直ぐに離婚するだろうと思っていました。でも、結局、その時その時思ったことをぶつけ合って引きずらなかったり我慢することが無いので、23年も続きましたよ。嫌いだから喧嘩をするのではないのだと思います。好きだから、大切だと思っているから、思い切り気持ちをぶつけ合う必要があるのではないかなと思います。
イタリア人の喧嘩を見てみたいですって? うーん、どうかなあ。驚いて腰を抜かすんじゃないかなあ。
私は100%日本人ですけれど、しかしこんなところに住んでいたら、やはりイタリア風になるというものですよ。とほほ。

2016/10/22 (Sat) 19:19 | yspringmind #- | URL | 編集

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