暖かいジャケット

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外は雨。酷い雨が降っている。恒例の、ピアノーロに暮らす姑のところで日曜日の昼食をとって、後片付けをして帰ってくる道のりで雨が降りだした。午後4時のことである。ピアノーロでは雨の一粒も降っていなかったのに。私達の車がピアノーロからボローニャに入ったところで雨が降りだしたのが面白い。まるで空に境界線でもあるかのようだと思った。兎に角、雨は案外強くて傘なしでは歩けないような降りだった。しつこく降り続きそうな雨だと思った通り、雨は夜になっても止まず、これから先も降り続くようだ。秋の長雨。そんな言葉があっただろうか。ぴしりと閉められた窓ガラスの隙間から雨が忍び込んでくるかのよう。忘れていた肌寒い晩。実にボローニャらしい晩だ。

昨日、秋冬物を引っ張り出した。夏の間中、箪笥の奥の方に仕舞っておいた暖かい衣服を手前の方に置いただけのことだけれど、これで準備が整ったと思った。寒い季節の準備のことである。それから靴。夏の靴は綺麗に磨いて箱に入れて棚の上の方に収め、かっちりとした紐靴やショートブーツを箱から出して棚の下の方に収めた。これで忙しい朝も困ることが無いだろう。そんなことをしているうちに、古い友人フランカの声が蘇った。こんな薄手のジャケットで! もっと暖かいジャケットは無いの?

相棒と私がアメリカの生活を畳んでボローニャにやって来て初めて迎えた寒い季節。あの年は10月中旬には妙に寒くて仕方がなかった。私は相棒の友人フランカの小さな子供たちを時々頼まれては面倒を見に行った。これは彼女からの頼みであったが、実際彼女はそうした人が必要だったけれど、ボローニャに来て間もない私は友達もいなければ学校へ行くでもなく、仕事もないのを見かねて、彼女が提案してくれたことだった。それにちょっとお小遣いがあった方が良いじゃない?と。其れで10月に入ると大変冷え込んで、人々は暖かいジャケットを着始めた。私はアメリカからもってきた衣服しかなかった。冬でもさほど寒くならない町に住んでいたこともあって、暖かいジャケットなど何処を探してもなかった。彼女からすればとんでもなく寒そうに見えたらしい。こんな薄手のジャケットで! もっと暖かいジャケットは無いの? 彼女はそんな風に言った。私が暖かいジャケットを持ち合わせていないことを知ると、相棒に目くじらを立てて言ったものだ。これからどんどん寒くなるのに、こんなジャケットでは駄目よ。暖かいのを買ってあげなくちゃ。私よりずっと年下のフランカがそう言うのを聞きながら、何だかお姉さんみたいで頼もしいと思ったものだ。相棒は暖かいジャケットを買いに行こうと言ったのは、その数日後だった。フランカの一言で、そうだなあ、これからどんどん寒くなるからなあ、と思ったのだろう。あの後フランカの予言が当たったかのように、恐ろしく寒い11月がやって来て、12月になると外に出るのが苦で仕方なかった。1月になると早々にローマへと飛び出したのは、寒いのが嫌いだったからじゃない。萎んでしまった自分の自信と勇気を取り戻すために、自分の力で何かをするために、運よく得た仕事先がローマだったからだ。あれは忘れられない1月。相棒は多分悲しかったに違いない。妻がローマへ行ってしまうこと。妻をボローニャに引き留めておけなかったこと。それから、それから。このことは、忘れないでおこうと思う。私は自分のことで一生懸命で、相棒のことまで考える余裕がなかったのだ。だから、相棒が待っていてくれたことを、今はこうして一緒に生活できることを、なんだかんだ言いながらも自分らしくボローニャで生活する術を得たことを、時々思い出しては感謝しなくてはいけないのだ。そうでなくてはいけないと思う。寒い季節がやって来ると思い出す。それでいい。それでいい。


明日も雨だろうか。こんな底冷えのする日が何日も続いたらどうしよう、と猫に語り掛けるのだ。




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コメント

こんにちは。
わたしも、おかげさまで思い出しました!
ローマ。1回こっきりのイタリア旅行で寄ったローマでは、日本人ガイドのみやざきさんという女性が印象的でした。バチカンのすぐそばのレストランで日本人ツアーの人達と、サルティンボッカを食べていたとき、茶色のTシャツと黒いスカート、白い靴下の女性が入ってこられました。とっても元気。けっして華美ではない、ローマで生きてきましたという力強さを感じる方でした。ガイドのマークの棒の先にリボンをつけて、「私たちはリボンちゃんグループですよー。」と冗談を言いながら、個性的な人です。バチカンでのこと。みやざきさんが、「入るのに並んで待ってると、日本人と見くびって、列に割り込んでくるんです。こういうときは、ちゃんとノーと言わなければいけません。」と、少し語気をあげて、どこの国の人か注意していました。かっこいいと思いましたね。世界のなかで大変なこともあるだろうけど、自分の意思で生きている日本人のだいぶ年配の女性を見て。どんな経歴でここにいらしゃるのだろう。どういう経歴であろうと、日本のぬるま湯のなかで、まあいいかあと生きてるのではなく、一人の人が立っているという感じがして。結構、毒舌な持ち主でしたが、わたしは本心で言う人が好きなので大好きになりました。こういう人間になりたいと、そう言えば思いましたね。かっこいいと。イタリアがワールドカップで優勝した年で、バスでまわってコロッセオ横を通って、なんとかの丘にまわとうとするのですが、混乱を避けるため、バリケードを警察がおき始めていました。みやざきさんは「あ、もうここも閉鎖になりました。みなさん、また来年来てください。イタリア政府のことですので、来年コロッセオに入れるかどうかわかりませんが。」と言われていました。そんなに、ころころ政策が変わるのかと。また、いつか、行きたいです。

yspringmindさんは、戻ることができたから、すごいです。ほんとに。わたしは戻れません。鳥肌が立つほどだめです。いいところを見て、と思ったこともありますが、何から何まで。
ほんとうに、やっと寒くなってきました。

2016/10/10 (Mon) 15:07 | つばめ #- | URL | 編集
No title

私自身、カリフォルニアの冬を体験していますが、東海岸に比べると、暖かいって感じた記憶があります。私達、海水に浸かっていましたから(笑)
SFが、懐かしい。
あのヴェトナムレストラン(ご存知ですよね。あの、美味しいレストラン)美術館、カフェ、露天(アクセサリーなど)全てが、大好きでした。
何よりも、SFの自由なスタイルが、LAよりも私には、あっていました
SFは、冬でも、ライトな服装で十分。NYに戻った時には、カルチャーショックを感じたのを記憶しています。天候ばかりじゃなくて、全てですけど。
数週間前に、主人がバークレイ校を訪れた時に、カリフォルニアは財政難に直面していて、大学構内は、信じられないくらい汚れていたらしく、非常に落胆していました。そして、彼が院生時代に住んでいたアパートメントは今も健在だったようで、写真をスナップしてくれました。本当に、懐かしい気持ちになりました。チャンスがあったら、今すぐにでも、SF、モントレー、バークレイ、北カリフォルニアを観光したい!!
ボローニャの寒さが、どれくらいか経験がないのでわからないのですが、中央ヨーロッパで学んでいた頃(80年の初め)冬は、半端じゃないくらい寒かった記憶を未だに記憶しています。何しろ、暖房設備が、日本とは全く違っていたので、カルチャーショックを受けました。
ご友人のフランカさんは、面倒見の良い方だったようですね。こーゆう方が、そばにいらっしゃったなんて、私としては羨ましい。
私は、イタリア人のこーゆう世話好きな気質が大好きです。
いつも、思うのですが、お写真で拝見するボローニャの壁の色、なんとも言えない、不思議なカラーで、大好きです。米国では、今の所、見つけることができない色。その国の、その土地の伝統色って言うのかしら?毎回、同じことを感じて、お写真を拝見しています。


2016/10/12 (Wed) 03:37 | キャットラヴァー #mQop/nM. | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。ローマのガイドさんの話、興味深いですね。誰もが、とは言い切れませんがイタリアでガイドをしている人達ってとても逞しいです。何しろ旅行者をすりに合わせないようにいつも目を見張っているし、外国人だと思ってずるをしたり騙そうとする人達に立ち向かったりしているのですからね。それでいて、遠くからやって来た旅行者を楽しませることも忘れない。私はローマでそうした種類の人達を沢山見てきましたが、逞しくて頼もしかったです。
でも、外国に住んでいる人が皆頼もしかったり逞しかったりするわけではありません。そういう人もいれば、人に頼ってばかりいる人もいるし、文句ばかり言って自分は何もしない人もいます。そして私のようなごく平凡で普通の人もいます。
戻るのには勇気が要ります。私も、ローマの仕事を辞めてボローニャに戻ることについては沢山考えました。今考えれば大きなギャンブルだったと思います。でもよく考えれば、私の人生自体がギャンブル続きなのかもしれません。

2016/10/12 (Wed) 23:02 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: No title

キャットラヴァーさん、こんにちは。SFの冬、私は簡単なコートで過ごしていたように覚えています。それから時には半袖でも良かったり。10度以下に下がることなんてあまりありませんでしたから。
あのヴェトナムレストランとは、ユニオンSTのですか。私はよくそこへ行ったんですけれど、今はもうないのかもしれません。兎に角美味しい店が沢山ありますからねえ。私はよく歩きましたよ。坂道を上り下りして、友達皆にいつも驚かれました、あまりにもよく歩くので。ま、若かったと言うことでしょうか。でも、気持ちが良かったのです、あの美しい街を歩くのは。
ところでカリフォルニアは財政難に直面していると聞いて驚いています。バークレイ大学の構内が信じられないくらい汚れているなんて、ちょっと想像できません。あの大学の構内は本当に手入れが行き届いていましたからね。
ところで昨夜、SFに入る夢を見ました。どうやら休暇中で2週間ほどの滞在と言った夢だったようです。行きたいところが沢山あって、むやみにじたばたしていた自分がとても滑稽でしたが、ああ、私はSFに行きたいのかな、戻りたいのかな、と夢を見ながら思いました。21年も経っているのにね。

2016/10/12 (Wed) 23:18 | yspringmind #- | URL | 編集

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