10月が思い出させた

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昨夜遅く、雨が降った。そんな気配がしたのは何時ごろだっただろう。雨の気配に目が覚めて窓の外を覗いてみたら、地面が、木の枝が、鈍い光を放っていて、ああ、雨が降ったのだ、あるいは、雨が降っているのだ、と思った。記憶が曖昧なのは、酷く眠かったからだ。夕方になると酷い眠気に襲われて、もう目を開けていられぬと言う程の眠気に襲われて、夕食もまだだと言うのにベッドに潜り込んでしまった。麻酔に掛けられたように全身がぼんやりしていた。ただの眠気なのか、それとも具合が悪いのか、自分でもわからぬうちに眠りに落ちてしまった。それなのに雨の気配で目が覚めるなんて。君は一体どいう言う人なんだい、と相棒に問われて、私は笑った。私だってわからない、全然わからないわよ。

雨に濡れて草木は嬉しそうだ。今朝は曇り時々晴れ。少しも空の様子は安定せず、それがとても10月らしい。9月から10月へ。とても早かったように思うのは、気のせいだろうか。10月という月は、私にとって何となく、昔のことを思い出させる月。今日思い出したのは、カフェ・トリエステとジムのことだ。
相棒と私が結婚した年、23年も前のこと。アメリカに住んでいた頃のことだ。夏が終わって、遅くやって来るインディアンサマーも終わると、じめじめした気候がやって来た。雨が降ったかと思えば止み、空が晴れそうな気がするが晴れない。何となく肌寒くて、私が一番嫌いな気候だった。相棒は病の妹を見舞うためにボローニャに行っていて留守だった。私はアメリカで留守番だった。留守番と言っても私達のフラットのひと部屋を借りている私の大切な友人いたから、独りぼっちではなかったし、仕事をしていたから忙しく、毎日が飛ぶように過ぎて行った。ある日、仕事が休みだった朝、電話が鳴った。出てみたらジムだった。ジムは相棒の友人で、私にとっても良い話し相手だった。友人、と呼べないのは、其れほど心が通じ合っていた訳ではなかったから。でも、単なる知り合いではなく、しかし相棒の友人という域を超えることもなく、良い話し相手と呼ぶのが相応しく、仲間と呼ぶのが良いかもしれなかった。ジムが電話をしてきたのには理由があった。ルービックキューブだった。それはジムが私に貸してくれたもので、もう数か月経っていた。彼は急にルービックキューブをいじりたくなって、そう言えば貸していたなあと思い出して、電話を掛けてきたと言う訳だったが、話してみればそればかりでなく、相棒が留守で寂しいのではないかと気遣ってのことだと分かった。それならば今日は仕事が休みだからと、ジムの近所にあるカフェ・トリエステで待ち合わせをすることにした。ジムがバイクでうちにとりに来ても良かったが、こんなくさくさした天気の日は外に出たほうが得策と思ったからだった。私はNのトラムに乗って、そしてダウンタウンに着いてからは坂を上り下りして、カフェのあるイタリア人街に辿り着いた。電話を貰ってから1時間も経っていた。カフェ・トリエステは相棒と私達仲間の行きつけで、此処に来れば大抵誰かに会える、といった場所だった。そして待ち合わせを此処に指定するのは、カッフェが美味しいことや単に場所が良いからだけでなく、長居をしても文句を言われない、相手が遅れてきても本や新聞を読みながら何となく待つことが出来るからだった。此処には詩人や作家の卵みたいな人達がよく来るので、長居は暗黙の了解みたいな感じがあったのだ。もう一か所、私達には行きつけのカフェがあった。このカフェから坂をちょいと下って突き当る大通りを右に行った辺りにあるカフェ・グレコ。其処も好きだったけれど、其処はちょっと流行の店だったから兎に角混んでいてテーブルに着けないことがあるから、待ち合わせにはあまり都合がよくなかった。ジムは少し遅れてきた。電話をしてから身支度をしてあれこれしていたら約束の時間になっていたらしい。開口一番にジムが放った言葉はふるっていた。君はイタリア人と一緒にいるから、時間に遅れてくると思ったのに。それは何か心当たりのある話だったが、私はまだとても日本人魂を備えていたから、その点について私がイタリア人化することは決してないと言い張った。そうかな。そうよ。ジムの恋人のアンナはローマ郊外出身の女性で、ジムは彼女と一緒に暮らすようになってから、時間が大変緩く流れているらしい。だから遅れることもある。遅れても良い。だから君もきっとそうなのではないか、ということらしかった。私達は他愛ない話をして、借りていたルービックキューブを返し、またね、と気軽に別れた。私は此の休みの一日をぶらぶら歩いて過ごそうと決め、埠頭の方へ足を延ばしたり、途中でカフェに入って軽い昼食をとったりした。相棒がひと月の間留守なのは、寂しいと言えば淋しく、しかし再び取り戻した独身生活みたいなもので、私はご機嫌だった。結婚も良いけれど、自分の時間も必要。結婚をしても自分は自分、相手は相手。そんな考えを保ちたいと願っていたあの頃。23年経った今も、その考えは変わらない。相手に合わせるのではなくて、相手の考えも尊重する。それは簡単そうでとても難しいことだけど。

あれからジムとアンナは大きな問題が幾つもありながら、今も一緒にいるらしい。結婚はしていない。でも離れられない。そんな恋人は世の中に案外沢山いるのかもしれない。世の中には数学の問題のようにすっきり解けるようなことばかりではない。理解し難いこともある。それでいい、そういうものなのだ、と私は思う。




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コメント

こんにちは。
10月、早いですね。
それぞれ尊重するのはとてもいいですね。

2016/10/02 (Sun) 18:54 | つばめ #- | URL | 編集

この写真は、どこでしょうか?barには見覚えはあるのですが、奥の方の綺麗に整った景色には見覚えが無いのですが。
いつも愛読させて頂いております。

2016/10/03 (Mon) 15:36 | Via Valdossola #P6wRKz4w | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。尊重し合うのが理想。言うのは簡単ですが、実際は案外難しいです。だから長年夫婦をしているとは言え、初心を思い出したり、小さな努力や歩み寄りが必要なんですよね。

2016/10/03 (Mon) 23:36 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

Via Valdossolaさん、こんにちは。この写真はマッジョーレ広場に面して建つPalazzo del Podestàの中の通路からVortone del Podestà、そしてVia Rizzoliを眺めたものです。思い出されましたでしょうか。此の建物の、ポルティコの下、右端にあった小さなバールは店を閉め、今は大きなワインバーを開ける準備が進んでいるようです。しかしまだ店のマネージャー募集中ということで、開店はまだまだ先みたいですよ。Coming soonなんて書いてありましたけど。

2016/10/03 (Mon) 23:57 | yspringmind #- | URL | 編集

なるほど。歩み寄りかあ。いい言葉です。一方で確かにむずかしい。

2016/10/04 (Tue) 14:35 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、そう、歩み寄り。とても良い言葉ですが、大変な努力が必要です。私には。

2016/10/04 (Tue) 19:20 | yspringmind #- | URL | 編集

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