裏通り

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階下の広いテラスは夕方の雨で濡れたあと乾ききらず、黒く光っていた。無造作に投げ出されたままの薄緑色の長いホース。水を撒こうと思っていたところに雨が降ってきたのだろうか。置き去りにされた夏の道具みたいな感じで、ちょっぴり悲しい。階下のテラスは本当に広い。多分50平米は有るだろう。でも、階下の住人はあまり手入れをしていない。持ち主の知り合いとやらが2年前から住んでいるが、テラスを楽しむ習慣はないらしい。テラスと呼んではいるが、地面の部分もある。其処に大きな菩提樹が数本生えているのだけど、これが私の大の気に入りで、この木の存在が私の気持ちを和らげてくれる。外から帰ってきて窓を開けた時に聞こえる、樹の葉の揺れる音。どんな音楽よりも柔らかく、優しい。此の菩提樹の木の葉もそのうち色が変わって地面に落ちるのだろう。そうして枝が丸裸になったら、冬へと突入するのだ。私は菩提樹によって季節を感じたり、様々なことを考えるのである。階下の住人は、どうだろう。そんなことは少しも感じることなく、木の葉を掃除することを億劫がってばかりいるのかもしれない。厄介者なんて思っていたらどうしよう。そうでなければよいけれど。

旧市街の裏道的存在は面白い。大抵何かはっとするようなものがある。例えば張り紙だったり、例えば店であったり。食料品市場界隈からブランドの店が集まる通りに突き抜けるのに大変便利なこの通りは、もう裏通りなどと呼べないのかもしれない。ボローニャの人達はこの通りをよく歩くから。では、表かと訊かれれば、裏だ。やはり裏通りと呼ぶにふさわしい。そんなこの通りには結構いい店が連なっていて、歩けば1分と掛からぬ距離だが、関心をあちらにもこちらにも奪われるので困ってしまう。幾つかの店が入れ代わり、今に至る。靴屋の後に布のかばん屋になり、その後何かの店になって、今は薔薇を主に売る花屋になった。その先の角の店もそうだ。以前はカシミアセーターを売る店だった。その前は覚えていないが、兎に角よく店が変わる。今の店には足を踏み込んだことが無いが、表から眺める限り、なかなか個性的で道行く人の目を引いているようだ。ちょっと変わった雰囲気の服。昔、自分の服を縫うのが大好きだった頃、こんな雰囲気の服を好んで縫い上げては着ていたものだ。自分で型紙を作って、生地屋さんに足を運んで。そういう私を母は面白い娘だと思っていたらしい。自分で作った服をどこにでも着て出かける娘を、何と勇気のある、とも思っていたらしいことを最近知った。ちょっと周囲の娘たちと違う感じだったと言う。それを聞いて、何だ、言ってくれればよかったのに、と思ったけれど、あの頃の私は、そんなことを言われたって何処吹く風だったかもしれない。何しろ私は人と違うことが好きだったから。いいじゃない、それでいいんじゃないの? そんなことを母に言ったに違いないから。それで、この店の服は、何か懐かしい感じがするのだ。店の前を歩くたびに足を止めてショーウィンドウを覘きこんでは、昔、不要になった包装紙に線を引いて型紙を作ったことを思い出す。そしてマメだった自分に、手先が器用だった自分に改めて驚くのだ。今の自分とは大違いだと。それでいて、何時か、上等なカシミアのコートを手縫いしたいなどと夢見ているのだから、案外私は根本的なところで縫物が好きなのかもしれない。

季節が急激に移り変わろうとしている。長袖を着て丁度よいことに内心驚きながら、これで良い、これで良いとも思うのだ。夏は十分堪能したから、そろそろ長袖の秋へ。暫く止めていた仕事帰りの赤ワインも、来月辺りから復活させるとしようか。夜が早くやって来る季節は楽しみが少ないから。




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コメント

こんにちは。
縫い物、私も好きでした。思い出しました。
平らなものから、立体が出来るのがおもしろいですよね。

2016/09/19 (Mon) 22:07 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさんも縫物好きでしたか。あの、生地を選んだりボタンを探したりするのもまた楽しく、でも、一番の楽しさは平面から肩合地になっていくあのプロセスでした。完成した時の喜びは、縫物をしたことのある人のみに分かるものですね。

2016/09/21 (Wed) 21:39 | yspringmind #- | URL | 編集

一時期、手芸屋に行くのが趣味だったときがあります。毎週今日はこっちの手芸屋に行こう、今週はこっちと2軒を行き来していたので、手芸屋の人はきっと、またこの人来たわと思っていたでしょう。今では、すっかり行くこともなく。あのときのなにかに打ち込むそれこそ情熱が欲しくてたまりませんね。ほんとにわくわくしていました。流行りの子供じみた服より、自分が着てうれしくなるようなきれいなシルエットやずっと着られるようなお高そうな服が好きで、でも買えないし買う勇気もないから、よし作ろうと生地をせっせと買いに行っては、いろんな生地を見て幸せだなあとひたっていましたね。そうですね、ボタンもいいボタンほど高い。でも、その当時はボタンの中の宇宙感になんて素敵なんだろうとついつい一つだけと手に取っていました。あー、なつかしい。久々に行ってみようかな。最近の女性はもちろん色々いらしゃっていいのだけど、本当に手芸が苦手な人は針で縫うとき血が出ながら縫ったとか言う人がおられます。別にいいのだけれど、手作りってあたたかいですね。下手でも。ヨーロッパの手芸屋さんは、重厚そうな気がします。あ、そうそう、わたしは行ったことないけれど、ysprinngmindさんなら、ユザワヤをしってらっしゃるのではないですか。手芸に夢中だった頃、行ってみたい店のひとつでしたよ。

2016/09/22 (Thu) 13:44 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、ユザワヤ、知っていますが、ついに行くことがありませんでした。ユザワヤは有名なんですよね。でも、私が住んでいるところからは少々不便だったのです。だから、キンカ堂とか、伊勢丹とか、そういう店に行きました。特にキンカ堂。全くよく足を運びました。安い生地から高級生地まで取り扱っていて。生地を選ぶ喜びは、それをしたことがある人だけに分かるものなのかもしれません。
ボローニャのにも生地屋さんがあります。時々覘きます、今でも。そしてすばらしういきじにであったりすると、夢心地になるのです。さあ、何を作ろうかしら、なんて。もう何年も縫物はしていないと言うのに。

2016/09/24 (Sat) 20:26 | yspringmind #- | URL | 編集

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