夏の終わりと初秋の交差点のような日

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昨晩は結局ずっと厚い雲に覆われたままで満月を眺めることは出来なかった。しかし今朝は目を覚ますと快晴。驚くほどの青空だった。もし夜明け前に目を覚ますことが出来たなら、美しい満月を見ることが出来たのかもしれない。そう思うと残念だけど、土曜日の朝、夜明け前に目を覚ますことなど、たとえ目覚まし時計を掛けていても駄目だっただろう。私はとても疲れていた。ここ数週間の疲れが波のように襲ってきて、昨晩どのようにしてシーツの下に潜り込んだかさえ覚えていない。それだから今日は家でゆっくりしようと思っていたのに、やはり外に出てしまった。

空が青かったから。涼しくて気持ちが良かったから。理由はいくらでも見つけられる。旧市街に入ってふたつ目の停留所でバスを下車したのは、久しぶりに歩きたいと思ったからだ。ポルティコの下を歩いていくと人だまりが見えた。小さなバールの前だった。どうやら何かのお祝いらしい。着飾った人々が、シャンパングラスを片手に談話していた。その人々をカメラが追う。有名な人が居るらしい。でも私には分からない。どの人も美しく、髪を整えて着飾っていたから。それにしたってこんな小さなバールで。それも少しも洒落ていない、此処に昔からある地元バールで。人混みをかき分けながら先へ進む。マッジョーレ通りを進むと、ポルティコの下の芸術、が催されていた。芸術家たちが自分の作品を並べて、行き交う人々と話をしていた。こうしたものが時々ある。でも何時も仕事帰りの急ぎ足で、ゆっくり見たことは無い。絵画が多い中に、一か所だけ写真を並べている場所があった。足を止めて覘いてみたら、なかなか面白い。此処で足を止める人はあまりいないらしく、写真家は子供用の小さな椅子に腰を下ろし、家から持ち込んだスピーカーから流れるタンゴに耳を傾けながら何か書き物をしていた。と、ふと立ち上がって私に声を掛けた。何か気に入ったものはあるかと訊く。私は気に入ったものを2点指さして、あなたが撮ったものなのかと訊く。彼はそうだと頷き、ミラノに住んでいて、普段はこうしたものではなくてモーダの写真を撮っているといった。成程、ミラノならば、そうした仕事もあるなと頷き、私達は話し始めた。そうしているうちに人が足を止め、あっという間にポルティコの下に人垣ができた。口々に彼の写真を評価し、彼はとても嬉しそうだった。写真を買い求める人は居なかったけれど、充分嬉しいといった様子だった。人の波が消え、再び彼が私のところに戻って来たので、私は中でも特に気に入った写真のことを訊ねた。何処で撮ったものなの? トリエステの駅の構内なんだ。ふーん、私はてっきりブダペストの駅だと思ったのだけど。そうだね、彼はロシア人だし、この子供は恐らく旧東欧と呼ばれる辺りの顔つきだ。そうなの、ブダペストの駅に行くとこうした人達が入り混じっていて、何か感じるものがあるのよ。そうだね、ブダペスト、美しい、興味深い街だ。 そんな話をしているうちに、私はこの写真を部屋の、隅っこの、殺風景な壁に飾りたいと思った。写真を求める私に、君との話は面白かったなと言って、少し割引をしてくれた。割引なんてしなくていい、作品を安く売るものではないという私に、あはは、君はいいことを言うと彼は笑ったけれど、結局安く写真を手に入れた。いいんだよ。写真は、気に入ってくれた人の元に行くのが一番幸せなんだ、と彼は言った。またボローニャに来るかな。うん、来るよ、また。そんな挨拶を交わして、私は歩き去った。
自分が好きなことをしている人は美しい。アルゼンチン帰りみたいな、格好をしていたけれど、肩に着きそうな巻き毛がもじゃもじゃしていたけれど、背中を丸めて写真の余白に鉛筆でサインをする彼の姿が美しく見えた。


情熱を捨ててはいけないよ。話している時に彼が私に言った言葉。どんな時にも情熱を置き去りにしちゃいけない。
青い空。夏の終わりと初秋の交差点のような日。写真家の彼。手に入れた写真。家に閉じこもっていたら、得られなかったことばかり。いつものバールで足を止めて、コーヒーを注文しながらそんなことを考える。土曜日はいい。やっぱりこうでなくては。




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コメント

こんにちは。
普通過ごしていて、情熱を忘れてはいけないよと、言われることはないので、自然とそういう会話が成り立つ世界におられるysprinngmindさんがうらやましいです。きっと、いろんな価値観が許される場所、出身地がさまざまな人の行き来が多い場所なのではなのではないでしょうか。

2016/09/19 (Mon) 22:20 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。確かに。普段の生活の中で情熱について話をすることはあまりないかもしれませんね。
普段私は目立たぬようにして居ます。例えば職場などが良い例ですね。理由は何でしょうか。自分でもわかりません。でも、時々街や行った先で気が合って話し込むことがあるのです。全く知らない人達と。そんな時、とても解放された気分になって、自分らしい言葉で、自分らしく表現できるのですが、そんな時、多々、情熱について話すのですよ。

2016/09/21 (Wed) 21:47 | yspringmind #- | URL | 編集

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