21年

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家中のカーテンというカーテンを洗った。家は小さいくせに大小合わせて窓が6つもあるから、カーテンを仕立てる時も大変だったが洗う時も大変。そんなことを呟いたが、綺麗に洗い上がって乾いたものを窓に備え付けたら、家がとても明るく見えた。カーテンを洗うのは大仕事だけど、し終えた後は実に清々しい。夏の休暇のうちにしておきたかった仕事のひとつだった。ちょっと肩の荷が下りた。

この夏、日本に帰省するにあたってひとつ心に留めておいたことがある。アメリカに居た頃の友人が同じ時期に帰省するということだった。最後に会ったのは相棒と私がイタリアに移り住む少し前だった。昔は手紙を送りあい、今は時折メッセージを送りあう仲。それにしたって21年も会っていない人。嬉しいような、怖いような。それだから、私が日本に帰省することは、彼女には直前まで知らさなかった。
彼女と知り合ったのは私がアメリカに暮らし始めて半年ほど経った頃だったと思う。ある週末のことだった。アパートメントをシェアしている友人と街の中心で繰り広げられているパレードを見て、家に帰ろうと歩いていた時、彼女に会った。彼女は友人の知り合いだった。恋人を待っているのだが、約束の時間をとっくに過ぎているというのに来ない。幾度電話をしても出ない。もう家を出ているのは間違いないのに。彼女はそう言って、待つのをやめてしまうか、それとも待ち続けるか、迷っているようだった。あの時代は携帯電話が普及していなかったから、今のようにすぐに連絡を取ることが出来なかったのだ。結局彼女は待つことにして、それじゃあね、などと挨拶を交わした、それが私達の始まりだった。彼女は弾けんばかりの若さを持っていた。媚びることのないショートヘア、潔く出した肩と腕、すらりと足を出したショートパンツスタイルは、彼女の魅力を存分に引き出していたと覚えている。あれから幾度か会っているうちに、私はさばさばした性格の彼女が好きになり、そして私はちょっとした彼女の相談役になった。私が幾つも年上だったからだろう。多分彼女は誰か年上の人の意見なりなんなりが必要だったに違いない。と言っても私が何か役に立つことを言えたかといえばそうでもなく、しかしただ耳を傾けることで十分だったのかもしれないと今になって思う。彼女の結婚、私の結婚、彼女の出産、そして私の引っ越し。数年の間に色んなことがあった。私と彼女の接点は、あの時期に同じ街に暮らしていたことだけ。その後は互いに違う生活をして、違う国に住み、多分違う考えを持っているに違いなかった。
日本に帰って家族と会うとようやく日程らしきものが決まって、彼女に会う時間を確保できることになった。彼女は息子と娘を連れて帰省していた。私の知っている男の子は今では大きな青年になっていて、彼を眺めては年月の厚みを感じた。私達はといえば多少老いた以外は変化が無く、彼女はやはりショートパンツが似合っていたし、私はやはり彼女の話の聞き手だった。敢えて違っていることと言ったらば、若い娘だった彼女がすっかりお母さんになったことかもしれない。しかし私は昔と同じ自由気ままな呑気者。心配する事はあまりない。その時その時を大切にしていれば、なる様になるさ。
結局、彼女とは会って良かったと思う。地球の裏っ側で友人が今も一生懸命生きているのを知ったのは、私の小さなエネルギーと勇気につながる。あの時、私達が知り合ったのは、偶然なようで偶然なんかじゃなかったに違いない。そうしてこんな風に再び会うことが出来たのも、単なる偶然ではないだろう。友というのはそういうものだ。大切にしたいと思った。

カーテンを洗って準備が整った。9月を迎える準備のことだ。爽やかな9月の風に揺れるカーテン。昔から大好きなもののひとつなのだ。




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コメント

こんにちは。
よかったですね。たしかに、久々に会うのは少しこわいときがありますね。お母さんになられても、ショートパンツとは、勢いのある方ですね。人って、変わるものですか、変わらないものですか。私は変わりたいです。

2016/08/28 (Sun) 01:31 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。21年という歳月で互いにどれだけ変わっていても仕方がないのですが、しかし其れを目の当たりにするのが怖かったのです。しかし私達はそのまんまでした、実のところ。
ところで、人って、変わるも変わらぬも自分次第なのかもしれません。だから、変わりたいと思ったら変われるものなのですよ。

2016/08/28 (Sun) 19:41 | yspringmind #- | URL | 編集

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