鰻を食べに行こう

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夏休みはいつだって楽しいものだけど、こんなに楽しい夏休みは今迄にあっただろうか。と、自問するほど良い夏休みである。まだ二日残っているから、過去形は使わない。楽しい、楽しいと言って毎日過ごせることを、私は感謝せねばなるまい。

日本に帰省したのは親孝行の為だ。25年前に飛び出して、心配ばかりかけた娘は、今頃になって親孝行と言うことを考え始めたのである。勿論私自身が日本を恋しく思うのもあるけれど、それよりも母に会って、母と向かい合って、食事をしたり話をすることがどれくらい母に嬉しいことかと考えてのことだった。そうとも知らずに母は、久しぶりに帰ってきた娘を楽しませようとばかり考えている。母と言うのはそういうものなのかもしれない。母はもう随分と年を重ねているから、皆で週末を過ごした一緒に銀座へ、母が娘時代を過ごした自由が丘へ、といったことは数年前から出来なくなった。娘を何処にも連れていくことが出来なくて、と残念がる母の後姿を眺めるたびに、私は母を愛おしく思った。
ある日、姉と川越を訪ねた。川越へ行こうと言い出したのは姉だった。昔、父方の親戚の家を訪ねるたびに鰻をご馳走して貰ったことを話していたら、急に上等な鰻を食べたくなった。あれこれ調べたところ、川越に旨い鰻屋が沢山あるとわかり、恵比寿界隈行きを止めて、急に川越へ行くことになったのである。低気圧が近づいているのか、電車に乗ってすぐに雨が降り始めた。降るだろうとは思っていたけれど。やはり雨は嫌いだ。ところで川越は小江戸と呼ばれていてなかなか情緒のある街である。駅を降りた感じはそんな様子もなかったけれど、歩きはじめると確かにそうなのだと分かり始めた。雨に濡れた古い建物が黒く美しく光っているのを眺めながら、鰻屋に飛び込んだ。まだ正午になっていなかった。小さな店だった。テーブル席がたったの3つ、奥の座敷に大きな座卓がひとつと言った具合。外見も小さかったが、中も随分と狭かった。でも、少しも残念ではなかった。入り口の横の小さな窓から、もうもうと噴きだされる煙の匂いが、とんでもなく美味しそうだったから。注文を済ませる頃になると次から次へと客が来て、あっという間に満席になった。客層がまた良い。この辺りに住んでいる常連客と言った感じだった。待望の鰻はとろけるように美味しく、焼け具合が良くて、山椒が食欲を促し、普段はあまりお米を沢山食べない私が、すっかり平らげたのには姉も驚いたようだった。こんな美味しい鰻を食べられる幸せ。昔、姉と私が遊びに行くたびに叔母が上等な鰻をご馳走してくれたことへ感謝。私と姉は空になった漆塗りの器を眺めながら、暫くそんなことを話した。姉との子供時代の思い出は沢山あるが、鰻の思い出もそのうちのひとつなのだ。
雨はまだ強く降っていたが、店を出ることにしたのは中に入れないでいる客が居るからだった。小さな店だがこんな客たちが居る限り、店は安泰と言うところか。店の人に美味しい鰻の礼を言って外に出た。お腹が満たされて気分がよかった。姉の案内で小江戸の街並や神社を訪ねた。歩いていてわかったのは、此の街には本当に沢山の鰻屋があることだ。何処もが其れなりに繁盛しているらしい。小江戸というよりは鰻の街と呼びたいくらいだった。雨がようやく止んだのは、もう夕方という頃だった。雨に濡れた苔の美しさ。神社の屋根の色が濃いのは雨に濡れたせい。そう思えば、雨もまんざら悪くない。姉と私はそんなことを言いながら電車の乗って帰ってきた。楽しい小旅行だった、楽しかったのは姉も同じだったらしい。次の帰省時に川越を再訪しようと先に言いだしたのは姉だった。しっかり者の姉、何をしてもうまくいかない妹。私達は全然違うと面っちていたけれど、案外似た者同士なのかもしれない。こんな年になってやっとわかり始めた。

もうそろそろ頭を切り替えなければ、と思いながらも、もう少しこのままで居たいような気もする。そうだ、もう少しこのままで居よう。仕事に戻れば嫌でも忙しくなるのだから。相棒と猫と私。あと二日間、のんびり過ごすのもいいじゃないか。




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コメント

夏休み

夏休みはおもいっきり頭を切り替えるためにあるのですとヨーロッパにきて学びました。でも子供の頃夏休みになったら自然と切り替えることができていた(炎天下のなか遊びまわって宿題なんて忘れまくってた)、自分がいたことを考えると、じつはここにきて学んだのではなくて、思い出したことなのかもしれません。楽しくてよかった。夏の思い出がまた次の思いにつながることを願って。

2016/08/27 (Sat) 20:39 | inei-reisan #pNQOf01M | URL | 編集

こんにちは。
うなぎ美味しそうですね。
うなぎがよくとれるんでしょうね。

2016/08/28 (Sun) 01:41 | つばめ #- | URL | 編集
Re: 夏休み

inei-reisanさん、こんにちは。夏休みとは良いものだなあ、とこの夏改めて感じました。気分転換というのもあるし、夏のこの明るい季節を存分楽しむというのもあります。ボローニャでは夏が少々暑すぎるために、それが逆にストレスになることもあるのですが、しかし、いつもと違う生活を一時期過ごすというのは何て楽しいんでしょう。3週間、仕事のことは一度も思い出しませんでしたよ。ははは。
私達はもっと休み上手になる必要があるのだ、と最近感じているのです。

2016/08/28 (Sun) 19:37 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。私がどれだけ鰻を食べたかったか。なにに日本に帰ったら食べたいものばかりで、一瞬鰻の影が薄れていた所に、姉からの提案でした。名案でした。川越は多分、名前の通り、革を超える町なのでしょう。ということはやはり鰻が採れるということなんでしょうね。良い町でした。

2016/08/28 (Sun) 19:43 | yspringmind #- | URL | 編集

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