愉快なこと

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7月も下旬になると、街の人口が少なくなる。それもローマやフィレンツェと言った街ならば、入れ替わりに旅行者がやって来るから差し引きゼロだろう。その点から言えば、以前に比べると随分とボローニャも有名になって旅行者の数が増えたけれど、しかし街から脱出するボローニャの住人の数に比べれば断然少ない。それが良いかどうかは私には分からない。そんなに有名にならないで、素朴でのんびりなボローニャで居て欲しいような気もするから。夏には人口が減る。それがボローニャらしいのかもしれない。

今日は家でのんびり。そういう時間は大切だ。毎日忙しくても大丈夫なんて時期は、もう数年前に通過していて、以来私は週に一日くらいは自分の時間を欲するようになった。私はこんなことをしています、などと周囲の人たちに胸を張って言うようなことはひとつもしていない。素朴で普通。それが自分なのだと思っている。そしてそんな自分でいたいとも思っているのだ。考えてみたらボローニャの街とよく似ていて、苦笑してしまう。似た者同士とでも言おうか。この街の生活に本当になじむまでに随分と長い歳月を要したが、案外来るべくして此処に来たのかもしれないとも思う。21年経った今でもアメリカの生活が恋しいのに。あの街の空気やリズムがこれほど恋しいと言うのに。自分のことながら分からない。時々、分からない、分からないと首を横に振りたくなる。人間の気持ちとは何と微妙なのだろう。そして微妙は愉快さをもたらす。分からない、それは愉快なことでもある。

最近店の前を歩いて、愉快な気分になった。其処は今では靴屋になっている。旧市街にある大きな郵便局の脇に存在する小路に面して在るその店は、古い由緒ある建物に入っている。短い階段を上がって店に入るのだが、階段を上がること自体が既に貴重な体験に感じられるのは、建物の古さから来るものだろう。私がこの街に暮らし始めたばかりの頃は、いったいどんな店だったのだろうと考えても、全然思い出せない。他の人達にも聞いてみたが、誰一人覚えていないところをみると、あまり流行っていなかったか、地味な店だったかのどちらかだろう。私が覚えているのは眼鏡屋さんがあったこと。どれくらい前のことかはわからないが、大変洒落た眼鏡の店があった。ガラス越しに素敵な眼鏡を見つけたけれど、中に入ることが出来なかったのは、店の人が格好良過ぎたからだった。眼鏡の似合う、きちんとした身なりだけど上手く崩した、ファッション雑誌から抜け出てきたみたいな男性だった。前髪がツンと前に跳ねていて、セルロイドフレームの眼鏡を掛けていた。何故もこんなによく覚えているのかと言えば、それくらい毎日のようにショーウィンドウを眺めていたからだ。趣味の良い人達が吸い込まれていった店。店が洒落ていると入る人も洒落ているなあ、などと感心した物だ。趣味の良い眼鏡が並んでいて、趣味の良い店員が居て、趣味の良い客が居て。だからまさかこの店が何時か閉まるだなんて夢にも思っていなかった。その後、衣服を置く店になった。男性向けと女性向け。両方あって、雰囲気のあるそれらは万人向けとは言い難かった。だから店に入っていく人は限られていて、暫くすると閉店した。長いこと放置されたままの空っぽの店。家賃が高いからねえ。そんなことを前を通る人達が話していたのを覚えている。そうだろう、この場所でこの建物だ。高くて当然だった。そのうち靴屋になった。美しい靴たち。結構客が入っている。ある日、興味を持って私も入ってみた。階段を初めて上って、神妙な気分を味わった。美しい内装の店の中には美しい靴が並んでいて、店の人は大変感じが良かった。気に入った幾つかを試してみたが、残念ながらぴたりとこなかった。ああ、残念と思ったけれど、其れで良かったのかもしれないとも思った。私は店に入って見たかっただけだから。靴は浮気をせずに、いつもの店で買うのが確かだから。靴に関してはあまり冒険をしたくないのが本当のところだった。それでいてこの店の前を歩く時は足を止める。気の利いたディスプレイ。誰もがちょっと足を止めたくなる。私がこの店にもう一度入ることは無いかもしれないけれど、この店は長続きしそうだと思った。お洒落でちょっと遊び心。ボローニャの厳めしい建物に、こんな店が入っているなんて愉快ではないか。

夕食に、オリーブオイルとバルサミコ酢で和えた、生の玉葱のスライスを食べた。玉葱はトロペア産の赤い玉葱。生で食する玉葱だ。最近毎日これを食べているには理由がある。蚊に刺されないようになるために、である。トロペア産の玉葱を食べているから、私と娘は蚊に刺されない、と知人が毎夏自慢げに言うので、私も、と毎日少しづつ食べていると言う訳だ。さあ、どうだ。そのうち蚊が近寄らなくなるのか。それにしたって生の玉葱を食べた後は、自分の口ながら憎いほど臭い。




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コメント

No title

玉葱を食していると蚊に刺されにくいのですか~ よいお話です!
私の住む国は 夏は温度が高くても湿度が低いので
外で蚊にさされることが ほとんどないのですが  
休暇などでは いつもターゲットにされる私です。。。  涙

欧州の方の、靴のお洒落には感心させられる事が多いです
中年女性の、靴とブレスレットやイヤリングの装い方など
見ているだけで センスのよさに高揚?(オーバーでなく)します
こちらでの文章から、そんな感じが伝わってきて いつも
わくわくしながら読ませて頂いています  ありがとうございます

2016/07/25 (Mon) 06:50 | スプーン #EQkw1b1A | URL | 編集
No title

yspringmindさん、こんにちは


今頃は、日本に帰省中でしょうか?

暑中お見舞い申し上げます


日本の夏、京都の夏は嫌いではありませんが

蚊に咬まれ易い体質の私は

それだけが、ストレスです^^;

2016/07/25 (Mon) 11:22 | 高兄 #eP1cGWnA | URL | 編集

こんにちは。
すごいショーウィンドウですね。
靴だけを見せるのでなく、劇的な映画みたい。手まで出てますね。思いついて表現してしまうところが、かしこいというか、おかしいというか。

アメリカもボローニャも、両方の様子が知れて楽しいですが、yspringmindさんだからこそ、過ごせてこれたのではないでしょうか。
アメリカはやはりyspringmindさんに合うところでしょうねえ。

2016/07/26 (Tue) 17:07 | つばめ #- | URL | 編集
Re: No title

スプーンさん、こんにちは。玉葱といっても生の玉葱が良いようです。理由はわかりませんが、まさか身体が何気なく生玉葱臭くて蚊が寄ってこない…なんてことは無いことを願いつつ。でも、このところ蚊に刺されにくくなったことは確かです。以前は夕方に一気に8か所刺されたりしましたから。うちの辺りは樹が多いので、蚊が結構いるのですが、何時も標的になるのは私なんですよ。生玉葱、試してみてください。
欧羅巴のお洒落な人達は実に参考になりますね。装飾品を身に着ける感覚。靴に関してはこれは文化としか言いようがありませんね。靴はきちんとしている方が良いです。どんなスタイルのものであっても、兎に角磨かれていなくてはね。というのがイタリア流ですよ。

2016/07/26 (Tue) 21:54 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: No title

高兄さん、こんにちは。日本にはまだ帰っていないのですが、それも時間の問題。残りあと少し。たったの12日ですからね!
何だか恐ろしい暑さだそうですね。日本に帰ったら美味しい梅干を食べて、暑さと闘います。
夏は、実は私も好きなのですよ、開放的で陽気で。ただ、近年暑さに弱くなりました。それから蚊。本当に困りものなのですよ。高兄さんにもお薦め。生玉葱のスライスですよ。

2016/07/26 (Tue) 21:59 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。このショーウィンドウ、頻繁に変わるのですが、何時も元気が出る素敵なディスプレイなのですよ。靴を並べるのではなくて、何か演出されていて楽しいです。それに、沢山の靴、だけど足はたったのふたつだけ、というのがいいですね。何だか相棒に言われたことを思い出しました。家のある私の靴を見て、足はふたつしかないのに、何故もこんなに沢山靴があるんだい? なんて言われましたって。そんなこと言ったってねえ。
ところで私はアメリカ向きの人間だと思うのです。ただし大都市ではなくて、アメリカでも少し欧羅巴の匂いのするサンフランシスコがちょうどいい。それに海がある。これ、重要です。

2016/07/26 (Tue) 22:05 | yspringmind #- | URL | 編集

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