チャンス

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降り始めた雨と競うようにして家に帰ってきた。傘は持っていたけれど、差したくなかった。しかし其れも、限界、流石に傘を差さないと、というところで家の中に駆け込んだ。良かった、酷い降りになる前に家に戻ってくることが出来て。傘を差したくないだけではなく、テラスに続く大窓を猫の為に開けていたからでもあった。さあ、いくらでも降るが良い、こちらは準備万端。そう思っていたのに、それっきり雨は止んでしまった。丘の方では降っているのかもしれない。南東の大窓からからの涼しい風は、開け放った窓から窓へとじゅんぐり流れて、家の中を爽やかにしてくれた。

うちの界隈の多くは夏の休暇に出掛けたらしい。学校を終えて暇を持て余した若者たちが、ここ暫く晩遅くまで近所のバールに居座って大声でお喋りをしていたが、昨日辺りからその声が聞こえなくなった。家族と共に何処かへ行ったのかもしれない。それとも英国辺りに語学習得に出掛けたのか。この辺りでは10代の子供たちが夏のひと月を英国で過ごして言葉を身に着けることが多い。確かに飛行機に乗れば、たったの2時間もかからない。実に手頃な滞在先で、かわいい子供を旅に出すには丁度よい、そんな場所だろう。いいねえ。私もひと月イギリスへ行ってこようか、などと言うものなら、仕事はどうしたと言われてしまう。そうだった、仕事があったな。だから私は思うのだ。そうしたチャンスがあるならば、子供のうちに、夏休みが長い子供のうちに、どんどん経験するべきだ、と。

私にもチャンスはあった。高校一年生の時だったと思う。知り合いからアメリカの高校へ行かないかと勧められた。勧めてくれた知り合いは日本人男性と結婚したアメリカ人女性で、母にこんな風に話を持ち出したらしい。あなたの娘を私の家族のところに送り込めばいい。後は私の両親が面倒を見てくれるから。田舎でいいところ。あなたの娘もきっと気に入る筈だから。そんな話を貰って、母はうきうきして家に帰ってきた。なのにわたしは、行かない、アメリカへは行かない、と話を断ってしまった。行きたくない筈はなかった。私はアメリカのラジオや映画が好きで、いつか行ってみたいと僅かながら夢見ていたのだから。それなのに行かなかったのは、私には一握りもの勇気がなかったからだ、家族から離れてアメリカへ行く勇気が。不思議なものでそれから10年もしないうちに私はアメリカの地を踏んで、アメリカに住みたいと強く願うようになった。反対したのは母だった。母が首を縦に振らなくても飛び出すことは可能だったが、私がそうしなかったのは、やはり母に心の何処かで精神的に応援してもらいたかっただろう。母が了解したあの日、あれは外には雪が降っていた日だったけれど、決して口には出さなかったが母は思い出していたに違いない。もっと前にアメリカへ行くチャンスはあったのに。私がそんなことを考えたのは、実に私がそんなことを思い出していたからだった。一度チャンスを逃したけれど、次のチャンスは手に入れた。今は思う。それでよかったのかもしれないと。誰にでも丁度よい時期というものがあるから、私は二度目のチャンスを手に入れることが出来た、其れで良かったのだ。二度目のチャンスには、沢山の勇気と沢山の希望を両手に握っていた。

夜風が涼しい。山では冷え込んでいることだろう。暑さで眠りが浅かった昨夜だが、今夜はよく眠れることだろう。




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コメント

こんにちは。
写真は背景が石なのでおばあちゃんのパキッとした色合いがいいですね。若者との対比も。
子供たちがイギリスに行くんですね。英語が話せると仕事などにいいのかな。
アメリカに行くチャンスがyspringmindさんに2回あったというのは、よほどご縁があってのことでしょうね。

2016/07/06 (Wed) 13:55 | つばめ #- | URL | 編集
No title

そう このおばあちゃんの赤いかばんが素敵だなって思いました。

フランスからも 学生や若い人は結構 簡単にイギリスに 語学留学や仕事に行っていますけれど EU脱退で なにか 変わるかもしれませんね。

その2度目のチャンスが 本当のチャンスだったのですね。貴女にとっては。
わたしも ちょうど良い時期ってあると思いますよ。

2016/07/07 (Thu) 11:19 | kimilon #aKMr6UbQ | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。このおばあさんを遠目に発見して、鞄から大急ぎでカメラを取り出しました。なんかちょてもいい感じで、話しかけたくなるような雰囲気の人でした。背中は少し丸みおびているけれど、歩きやすい靴でしゃんしゃんと歩く様子が子気味良かったです。
20年前のボローニャは、英語を話せる人は珍しかったので、英語が出来ると就職にものすごく有利でしたが、今では英語が出来る人は随分多くなり、英語が出来ることがベース、と言う程になりました。だから子供たちをイギリスに送る。親心というものかもしれませんが、子供たちもまた、イギリスに行くことを大変楽しんでいるようですよ。
アメリカへ行くチャンスが二度もあったこと、大変幸運だったと思います。

2016/07/07 (Thu) 21:29 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: No title

kimilonさん、こんにちは。このおばあさんは鮮やかな赤の色遣いが上手でした。溌溂としていて、見ていて気持ちが良かったです。
イギリスのEU脱退は、思っている以上に様々な種類の人や国に影響を与えると思います。子供たちの語学留学もそのひとつですね。若い人達が自由に近隣国で勉強や仕事が出来なくなる、チャレンジする機会が少なくなるのは、とても残念なことと思っています。
チャンスは、目を凝らしていると、目を凝らして探していると、案外あるものなのかもしれません。でも、気が付かない人もいる。と思えば、私はチャンスを見つけることが出来て、それを掴むことが出来たことを、幸運だったと思うのですよ。

2016/07/07 (Thu) 21:36 | yspringmind #- | URL | 編集

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