薄曇り

P1020241 small


テラスのジャスミンが咲き始めた。近所のジャスミンは既に花が散ってしまったから、随分と遅い開花であった。何事ものんびりな相棒と私と同様に、花までものんびりなのかと笑ってしまう。水をくべる以外は手入れもしないのに、毎年美しい花を咲かせるテラスの植物たちには、全く感謝である。それにしても、今日が土曜日で良かった、と朝から何度思ったことだろう。暑い。吹く風が驚くほど重く、汗がしきりに流れる。35度もあるらしい。外で蝉がしきりに鳴く。まるで子供の頃の夏休みのようだと思いながら、しかしまだ6月だと思い出しては溜息をつく。同時に6月下旬なのだらか当然なのかもしれないと思い、この暑さとうまく付き合っていく方法を見つけなくてはと、もう一度深い溜息をつくのだ。

日差しはそれほど強くない。少し曇り加減の空を見ながら、私は遠い昔のことを思い出していた。アメリカに居た頃のことだ。海に肌を焼きにいかないかと友人に誘われて、私達は38番のバスに乗って海辺に行った。38番の終点は海なのである。あの町の良いところは、街中からバスやトラムに乗って海に行くことが出来ることだった。私が彼女の誘いに乗ったのは、別に肌を焼きたいからではなかった。何故なら私は充分焼けていて、と言って好んで焼いたわけではなく、元々色黒の私は夏でも冬でも外を歩いていると日に焼ける体質だから、改めて肌を焼く必要などなかったからだ。其れなら何故誘いに乗ったかと言えば、友人と海辺に転がってお喋りを楽しみたいと思ったからだ。その日は朝から薄曇りで、そのうち太陽が出るかと思っていたが、遂に快晴にはならなかった。雲の合間から時折陽が射す程度。しかしそんな空を眺めながら、確かにこの雲の向こう側には太陽が存在するのだと思った。太平洋と言う大きな海が前に横たわっていたが、人はごくわずかだった。波を待つ、数人の地元サーファー達。そして私達。私達は2時間ほど海辺に転がっていたが、そのうち空腹に負けて、来る時に乗った38番に乗り込んだ。38番に乗ったのには理由があった。途中で下車してレストランに行くためだった。それは巷で評判のインドネシア料理の店で、彼女はずっと行ってみたいと思っていたらしい。彼女について行ってみたら、私が知っている店だった。小さな店だ。昼食の時間がもうじき終わろうとしていたが、快く迎えてくれた。
私がこの店は知っていたのは、一度だけ、インドネシアの女の子に連れてきてもらったことがあったからだ。彼女は私より10歳も若かった。こんな若い女の子がインドネシアからアメリカにひとりで留学に来るのかと驚いたものだ。それは交換留学やホームステイと言った類のものではなく、本当に単身でアメリカに来たとのことだった。前に彼女の家族の写真を見せて貰ったことがあるが、インドネシアの豊かな家系の出身らしく、素晴らしい室内に正装をした両親と彼女が映っていた。首元が開き過ぎている、衣類が体にぴったりしすぎている。彼女の両親はいつもそんなことを言っていたらしい。あれこれと家族の決まりごとの多いインドネシアの生活からどうしても抜け出したくて、アメリカの大学へ行くことを理由にここへ来たのだと言っていた。10歳年上の私は、何時からなのか、彼女にとって頼りになるお姉さんのような存在になっていたらしく、そういえば何かにつけて相談を受けたりしたものだけど、いつものお礼に美味しい店を紹介すると言ってこのレストランに連れてこられたと言う訳だった。この店は小さいけれど、此処の暮らすインドネシア人達にとって一番おいしいと思う店だから、と。若い彼女は家で料理をすることはあまりなく、頻繁にこの店で夕食をしているらしい。それだからなのか、実に顔がきいて、あれもこれも店からのサービスと言って料理が出てくるのだった。それともあの写真で見た通り、彼女は案外お国では名の知れた家族の一員なのかもしれない。兎に角、大した上客扱いで、最後に勘定を済まそうとしたら、この子に何時も良くしてくださるので、今日のお勘定は結構です、とのことだった。
そんなことを友人に話すと、そうか、やはりインドネシア人たちが通う店だから美味しいのか、と友人は頷き、辛い辛いと言いながら、汗をかきながら、注文した大量の料理を平らげて店を出ると、再び38番のバスに乗って家に帰ってきた。生憎の薄曇りで日焼けできなかったけれど、美味しい昼食を頂けたから良かった、と私達は大そう満足で、機嫌よく別れたものだ。
その晩のシャワーの湯が拷問のようだった。肌がひりひりして、触ってみたら熱を持っていた。どうしたのだろう、日に焼けてもいないのに。そう思いながら眠りに就き、翌朝目を覚ましてみたら驚くほど日焼けして真っ黒の自分が鏡に写っていた。きゃー、と悲鳴を上げるほど。同じことが友人にも起きたらしく、顔を合わせた私達はお腹がねじれるほど大笑いしたものだ。
だから、薄曇り空は危険なのである。今日みたいな日が一番危ない。

辺りが暗くなってきた。まだ17時にもならぬと言うのに。外を眺めてみたら北の空に黒い雲。遠くで雷が鳴っている。北の方ではどうやら雨が降っているらしく、涼しい風が吹き始めた。この季節によくある夕立だろうか。そうして夕立が去った後には、少しは空気が冷たくなって、過ごし易い晩になるのだろうか。うん、そう願ってみよう。




人気ブログランキングへ 

コメント

こんにちは。
35度は暑いですね。
あの、ヨーロッパの建物は日本の家より窓が小さい気がしますが、光が強いのでしょうか。テレビを見ても、自然光を楽しんでる家庭が多いような。冬の防寒の方がつよいのかな。
ポルティコの日よけも、しっかり整備されてるところを見ると、まあ、商品の日焼けを防ぐのもあるかもしれませんが、西欧の人は日ざしを感じやすいのかなあ。アメリカの野球選手はたまに目の下を黒く塗ってますよね。
ジャスミン、あちこちで育てられてるのですね。
インドネシアの女性も自分の意思で飛びったってすごいですね。有名な家庭なのかもしれませんね。
日焼け、ひりひりでしたか。

2016/06/26 (Sun) 16:58 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。ヨーロッパの窓は確かに日本に比べて小さいかもしれません。多分冬の寒さのせいでしょう。夏も日差しが家の中に入らないようにと日除け戸があるくらいですから。と言いながら太陽の光は大切。太陽の光を浴びるために海へ行くのです。太陽の光を浴びると体が元気になると言われているからです。家の方角が南向きが良いとされている日本に比べて、イタリアでは家の方角にあまりこだわらないようです。例えば北向きだと、夏の暑い日差しが入ってこなくていいじゃないか、みたいな感じで。成程ねえ、と思う反面、冬も寒いよね、言いだいですけど。
今日の午前中、テラスの日陰で植物の手入れをしていたら、うっかり日に焼けてしまったようです。日陰だから大丈夫と思っていたんですが、顔が…顔がひりひりして大変なことに!

2016/06/26 (Sun) 21:49 | yspringmind #- | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する