降る雨

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雨に追われるようにして、軒下に駆け込んだ。降るだろうとは予想していたものの、傘を持たずに外に出たから、あらあら、と周囲の人達と一緒に駆け足で軒下に駆け込んだと言う訳だ。周囲の人達といったって、知り合いなどひとりも居ない。私達は偶然その瞬間同じ場所を歩いていたと言うだけで、雨が降って来たから一目散の同じ軒下に駆け込んだだけだ。うーん、降るとは思っていたけれどねえ。そう、話し出したのは私だった。何時から私はこんな風にお喋りになったのだろう。誰かに話しかけられるでもないのに、自分から話し出すとは。横に居た、犬を連れた年配の男性は、あ、君はイタリア語を話すのか、と驚いたような様子で一瞬目をぱちくりさせると、もうそろそろ天気が安定してもいい頃なのに、と私の言葉に応えた。犬は雨に濡れたことを酷く気にしているらしい。ぶるぶると幾度も身体を震わせて水滴を払い落とそうとするけれど、なかなかうまく行かないのは、年をとっているかららしい。毎日犬の散歩中に雨が降るんだ、と彼は言った。なあ、そうだよなあ、と彼は犬に同意を求め、私を楽しい気分にさせてくれた。

降る雨を眺めながら、同じように通り雨に追われてカフェに飛び込んだことを思い出した。アメリカで、私より一瞬若い女友達と、散歩に出かけた時のことだ。あれは週末だったと思う。私達が一緒に暮らし始めたばかりの頃で、長い秋がもうすぐ終わるころで、珍しく憂鬱な色の空の午後だった。アパートメントを出て左手の坂道をぐいぐいと登った。この街は何処もが坂道で、坂道に面して生活することには誰もが慣れていた。バスを使うことも出来たのに、歩くのを選んだのは私だっただろうか、彼女だっただろうか。大通りの手前の角を曲がったのは、車の交通量の少ない、のんびりとした雰囲気を味わいたかったからだ。私達の目的地は有るようで無く、何となく、足が向くままに歩いていたのだと思う。私達は共通の女友達を通じて知り合い、一緒にアパートメントを探し、暮らすようになった。彼女は奔放な印象で若々しく、気さくで、私は一目で好感を持った。私達の性格は驚くほど違うから、と言うのは、彼女は後先考えない直感派、私は大変な慎重派だったから、共同生活はどうしたものかと思ったけれど、彼女との生活は案外楽しく、そして学びえることも沢山あった。メイソン通りを湾の方へと歩きながら、角のグロサリーの前で花が売られていたのを眺めながら、何か話をしたはずだ。視覚的な記憶は少しも錆びれていないのに、彼女と話したことは覚えていない。途中で右に曲がって、イタリア人街の大通りに出た。何処かでカッフェでもしようよと彼女が提案するので、さて、と思ったところで大雨になった。何処かに駆け込まなければどうしようもないほどの凄い降りで、私達は選ぶでもなく、直ぐ其処の店に飛び込んだ。映画の中のイタリア、そんな印象が詰まった店。それが、カフェ・プッチーニだった。この辺りには幾つものカフェがあって、そのどれもが違った印象燈って素晴らしいのだが、飛び込んだところは私達にとっては一番飛び込みにくい印象の店だった。こんな風にでもしなければ、入ることは無かったかもしれない。何故なら古くて不規則な四角の狭い店内には、常連と窺える沢山のイタリア人が詰まっていたからだ。飛び込んできた若い東洋人のふたりに店の人は親切で、混み合った店内の隅っこに小さな席を作ってくれた。一度座ったら身動きできないような狭い席だったけれど、私達は充分嬉しかった。イタリアのカップチーノと同じものが飲める店と評判だったが、イタリアのカップチーノはこんなに濃いのかと、彼女と顔を見合わせたのを覚えている。何時までも雨が止まなくて、随分居座ったけれど文句のひとつも言われなかった。片言の英語で、ありがとう、また来るから、と言って店を出たのは、やっと雨が止んだ夕方だった。私はあの後幾度もあの店に行った。何もすることのない午後や、週末の午前中に。何時行っても沢山のイタリア人が居て、イタリア語が店の中に充満していた。私がまだ、イタリア人と恋をするなどと想像したこともなく、まさかイタリアに暮らすようになるなどと夢にも思っていなかった頃のことだ。

軒下に佇む私達は誰一人顔見知りではないのに、いつの間にか誰もが世間話を始めていた。そのうち雨が小降りになると、じゃあ、またね、と言って軒下での集会を解散した。じゃあ、またね、と言ったって、またいつか会えるとは思わないけれど。いや、案外会うことがあるのかもしれない。偶然とはそういうものだから。




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コメント

No title

yspringmindさん、こんにちは


雨降りの中、軒下のデジャブ

本当に、yspringmindさんは、

素晴らしいストリーテラーですね^^


私は、よく、寺社に撮影に行きますが

御寺の縁側や

社の参道で、偶然、御話した人々、すれ違った人々

そんな事を、思い出しました・・・

2016/06/05 (Sun) 02:03 | 高兄 #eP1cGWnA | URL | 編集
Re: No title

高兄さん、こんにちは。
確かに高兄さんは好んで寺社に行かれるようですね。写真を鑑賞しながら、私も京都に暮らしていたらこんな風に美しい寺社に足を向けることが出来るのかなと想像してみました。静かな美しさが写真から伝わってきます。

2016/06/05 (Sun) 17:42 | yspringmind #- | URL | 編集

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