不揃いでいい

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ピアノーロに暮らしていたのは、数年前のことになる。郊外に暮らすメリットのひとつで、家とテラスは今の家に比べれば随分と広々としていた。テラスへと続く大きなガラス戸のある居間は家の中で一番広い場所で、風通しがよく、私は此処で寛ぐのが好きだった。ある日、相棒の知人達が知らせもなく家にやって来た。近くまで来たから、とのことで、呼び鈴が鳴って扉を開けた時には彼らが立っていたと言う訳だ。私は随分寛いだ格好をしていたから、驚いたのは彼らの方だったと思う。コットンシャツにショートパンツ。アメリカに居た頃は家でも外でもこんな格好をしていたけれど、お堅い仕事に就くお堅い彼らには、少々砕け過ぎた装いだった。海辺ならともかく、と言うことらしかった。居間に入って来て知人達が目を丸くして歓喜した。居間の中央に置かれた少なくとも120年は経っている胡桃の木を使ったテーブル。そして其処此処に置かれた椅子。彼女が歓喜したのはテーブルではなくて、散らばる様に置かれた椅子たちだった。どれひとつ同じではない、不揃いの椅子達。
テーブルのところに置かれたふたつ。ひとつは相棒の気に入りの、アメリカから持ってきた椅子。これが手に入ったのは実に幸運だったようだ。塗りたくられた薄緑色のペンキを剥がしたら、更に黄土色のペンキが出て来て、それを剥がしたらまた別の色がでてきて、そうして最後に出てきたのが素材本来の色だったそうだ。椅子の裏に張り付けられた古びた紙切れから、大変価値あるものだと分かった。多分これをある場所に持ち込めば、大金が手に入るかもしれないけれど、いいんだ、普段の生活に使いたいんだ、と言うのが相棒の拘りだ。骨董家具は見て楽しむのではなく、生活の一部のものとして使う。この考え方には私も同感で、性格が驚くほど異なった相棒と私の数少ない共通点のひとつである。もうひとつの椅子は私の椅子。これもアメリカから持ってきたものだった。修復前は大そう貧相で、こんなつまらないものをボローニャに持っていくのかと文句を言ったものだけど、修復してみれば感じが良くて、高さといい、座り心地といい、大変私好みで、何時の頃からか私の椅子、と呼ぶようになって相棒に嫌味のひとつも言われたものだ。それから向こうに置かれているのはアメリカの50年代の椅子で、直しても直しても壊れる軟弱者。でも、緩い曲線が何となくいい感じで、面白いことにうちに来る友人知人が好んで座るのがこの椅子だった。イタリアにあまり無いタイプの椅子、ということなのかもしれない。そしてテラスへと続くガラス戸の脇に置かれているのが、角ばっていて、少し低めで、座り心地が今ひとつで、色気のひとつもない、椅子。相棒も私も、友人達も好んで座ることが無いのに家に置かれているには理由があった。舅がこれを好んでいたからだった。当時、舅は既に70代後半だったけれど全く元気で、体の不自由な彼の妻、つまり姑を車に乗せてボローニャから毎日のようにピアノーロを通過してアペニン山脈方面へと運転していた。彼らは子供時代にその辺りに暮らしていたこともあって、大変愛着があったと言う訳だが、そのフットワークの良さはもうじき80歳になるとは思えなかった。舅が路上に車を止めてうちに立ち寄るのは土曜日だった。土曜日のこの時間ならばいると知ってのことだったが、本当に何の用が無くても毎週のように舅はうちに来た。私は大抵のんびりしていて、相棒は大抵留守だった。何か飲み物を進めると大変喜んで、そうしてこの椅子に座るのだ。もっと座り心地のいい椅子がある、と他のものを薦めても、舅はこの椅子が良いと言って、これ以外に座ることは無かった。舅は私に少し近況報告をして、私達が元気か確認する。たったそれだけだったけれど、何しろ彼の妻はもう長いこと話が出来なくなっていたので、話し相手が欲しかったのだろう。私と10分ほど話をすると満足して、またドライブの続きの為に家を出て行った。そのうちこの椅子は舅の名前をとってリコ(エンリーコ)の椅子と呼ばれるようになって、ガラス戸に近い明るい場所が定位置となった。
うちに来た知人達はこの4つのちぐはぐな椅子に感嘆しているようだった。椅子がみんな違う。相棒も私も見慣れ過ぎていたために、それに何の疑問も不思議も感じたことが無く、当たり前のこととして受け入れていたから、彼らが何故も歓喜しているのか、戸惑うばかりだった。知人達は4つの椅子を座り比べたり観察したりして、満足すると、面白い感覚の家だと嬉しい感想を述べてくれた。面白い感覚。ボローニャに来てからすっかり忘れていたと思っていた遊び心は、まだこんなところに残っていたのだと思ったら、素晴らしい家だとか、あなたは素晴らしい人だと褒められるよりも、100倍嬉しかった。少ない外国人のひとりだった頃にじろじろ見られた経験が、他の人達と同じようでいたい、目立たないようにしたい気持ちを植え付けて、知らぬ間にそういう癖がついてしまったから。私は私でいいのだ、私達は今まで通りの私達でいいのだ、と思った瞬間だった。

このところ私は少し考えているのだ。もうそろそろいいかなと。昔のように自由な感覚で生活してみようかと。20年前ボローニャに来た頃のように、周囲の視線も厳しくなくなってきたことだし。自分自身もこの窮屈さに、うんざりし始めているのだから。

晴れていたと思ったら初夏の夕立のような雨が降り、雨が止まぬうちに美しい虹が空に大きな橋を架けた。何か良いことがありそうな予感がする。




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コメント

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2016/05/16 (Mon) 03:13 | # | | 編集

こんにちは。
いろんなイスがあって、それぞれ長く大切にされてるんですね。

2016/05/16 (Mon) 13:20 | つばめ #- | URL | 編集
Re: No title

鍵コメさん、こんにちは。
そうですね、私には窮屈でした。イタリアは日本と少し似ている点があります。それは周囲と違う事を嫌うことで、だから周囲と違うと叩かれます。おもむろに噂話の的となったりします。20年前にボローニャに来たころは、それでなくても見るからに外国人で、東洋人は少なかったこともあり、舐めるようにじろじろ見られましたし、何をしているのか観察されてばかり居ましたから、私は目立たないように目立たないようにとしていました。それも10年も経つとこの街にも外国人が多くなり、外国の映画やテレビのおかげで人々の視野も広くなった様に思います。でも、やはり人と違うと直ぐに噂話の的になります。そういうのが嫌で20年も目立たないことを心がけてきました。でも、疲れたし、窮屈だし、もういいかなって。ボローニャにこれからもいますが、これからは自分らしくいこうかなと。周囲と違ってもいいかな、自分らしさを大切にしたいなと思いました。
猫とは、どんなことがあっても離れません。そう、猫と約束をしたんです。もし私が何処か違う町、国へ行っても、今度は手を繋いで一緒に引っ越ししますよ。私達、仲良しなんです。

2016/05/16 (Mon) 22:45 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。私達は椅子が好きなんです。それも長く使い込まれた古い椅子が。使い込まれた椅子は、新しいものとは比べようのないほど座り心地が良いのですよ。

2016/05/16 (Mon) 22:47 | yspringmind #- | URL | 編集

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