よく歩いた道

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随分前に枝をバッサリ切られて直立不動していた2本の樹。背丈が高い分だけ幹だけになったそれらの存在は、奇妙としか言いようがなかったけれど、いつの間にか新芽を出して天辺だけは緑でふさふさと豊かになった。背高のっぽ達が緑の帽子を被っている、と言ったらちょうどいい。僕たちは元気だから、と周囲に知らせているように見えた。
このところ大変忙しい。忙しい生活をとうの昔に止めたはずの私だったから、ベッドに潜り込むと直ぐに眠りに落ちる。何年か前に眠れなかったのが嘘のようだ。どんな物音にも目が覚めない、身動き一つしない私に、相棒は毎晩心配するのだそうだ。息をしているのだろうか。そうして呼吸をしていることを確かめると、やっと安心して自分も眠りに就けるらしい。

ボローニャの小路を歩きながら思い出したのは、私がまだ20代初めの頃のことで、小さな広告デザイン会社にいた頃のことだ。新入りの私はあちらこちらへ行かされて、様々な人に会いながら様々なことを学んでいたが、其の中にひとつだけ仕事らしい仕事があった。ある会社の毎月発行の小冊子を任されたのだ。それで毎月、月に何度か、客先に足を運んで打ち合わせをしたり、訂正をしたりで、緊張の連続ではあったけれど、楽しいことでもあった。客先の会社は表参道と明治通りの交差点から直ぐ傍のグリーンファンタジアと言う名の建物に入っていた。私が自分が所属する事務所からどんな風にして其処に通っていたかは、いくら考えても思い出せない。多分、地下鉄を乗り継いで行ったに違いない。若くてまだ学生気分が抜けていなかった私が興奮するには、その建物に足を踏み込むだけで十分だった。この辺りはよく知っていたけれど、でも、まさかいつか自分が仕事でこんな場所に来るとは思っていなかった。愉快としか言いようがなかった。大通りに面したその建物の前はそれまでにも幾度となく歩いた。週末に、学校帰りに友人たちと、それともひとりでぶらぶらと。60年代。表参道のセントラルアパートと同時期くらいに建てられた。その頃には名の知れた人々しか入居できなかったに違いない此の建物の前を、今はどんな人達が中に居るのだろうなどと想像しながら通り過ぎた。その建物に初めて立ち寄ったのは、まだ学生の頃だった。大好きな千疋屋が入っていたからだ。当時の千疋屋の存在は美しい洋菓子を置く店に比べたら少々時代がかっていたから、そんな店を好む私は同年齢の友人たちから揶揄われたけれど、何と言われようが私は千疋屋が好きだった。ところで、千疋屋、千疋屋と簡単にうけれど、結構奥が深い。創業して既に100年以上経っている筈だ。初めは日本橋千疋屋が生まれ、その後、京橋千疋屋、銀座千疋屋がのれん分けするような形で生まれたと聞いている。それを教えてくれたのは母だ。母は千疋屋が大好きだったから、そんな話を子供にするのも好きだったようだ。家族で銀座に行くと必ず千疋屋へ行った。他の選択は無い、とでも言うように。そもそも母はそう言う人で、好きになると其処にばかり足を運ぶタイプの人だ。その点から見ると、私は母によく似ていると言うことになるのだろう。学生の頃に立ち寄った千疋屋。周囲の客の洗練された姿を眺めながら、此処に足を踏み入れても良かったのだろうかと思ったことを覚えている。皆大人びていた。何か特別な能力を持った人達が、この華やかな街を作り出すのに加担した人達が、あちらにもこちらにも居るような気がしてならなかった。自分の能力を生かして、仕事をする人々。もっと上へ、と向上心に満ちた人々。そう言う人達が眩しくて眩しくてならなかった時代だった。学生時代を締めくくって仕事を始めたばかりの私に飛び込んできた小冊子の仕事は、私を不安がらせながら興奮させた。手あたり次第頑張った私のとても懐かしい時代のひとつだ。そしてこの建物のなかですれ違う人達。イタリアならば見知らぬ人とも挨拶を交わすところだが、ちらりと眺めながら無言で通過していく。私はどんな風に見えただろう。やせっぽちで髪の短い、風のような若者といったところか。何しろ私はふわふわしていたから。私からは見る人見る人が、才能を持つ、何かクリエイティブな仕事についているように見えてならなかったけれど。

随分昔のことを思い出したものだ。3年ほど前に帰省した時、用があってその界隈を歩いたが、グリーンファンタジアはまだ存在していた。しかし、驚いたことに、その少し先にあるセントラルアパートの姿が無くなっていた。時代の象徴とも言われていたあの建物が。多くの人達がその存在を楽しんでいたのに。時代の流れとはこういうことなのか。あの建物に愛着を持っていた人達は沢山いると思うけど。変化を続けるこの街に私は置いてきぼりにされたような気分になったけれど、いいや、違う。私もまた変化を続けていているのだ。自分の居場所が無くなったのではない。私は、自分らしく居られる場所を求めて、常に歩いているのだ。




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コメント

こんにちは。
広告デザイン会社、すごいですね。
東京は上をめざす人が多いでしょうね。
そういうところは少しあこがれます。
仕事場がいっぱいあるのがいいなあ。
千疋屋は果物屋さんですか。
前、東京に行ったとき、空港の千疋屋でおばがゼリーを買ってくれて、高かいなあと思いました。
とてもきれいなゼリーでした。

2016/05/15 (Sun) 08:48 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。凄いことなどないのです、小さな広告デザイン会社は掃いて捨てるほどありましたから。大手ともなるとやはり凄い、です。其処に入って仕事をするには才能と能力と努力と、そして時にはコネも必要です。
あれは私にとって、上を目指していた時代でした。今思い出してみてもわくわくするような。夢を見ていただけとも言えますが、きらきらした素敵な思い出のひとつであります。
そうそう、説明が無かったですね、ごめんなさいう。千疋屋はもとを正せば果物屋さんです。其の果物屋さんがフルーツパーラー(ちょっと時代がかった呼び方ですね)を初めて、東京のあちらこちらに店を設けました。ちょっと高いですが、何しろ果物屋さんなので、果物のうまさは飛び切りです。思春期から大人にかけての私の思い出に千疋屋の存在は欠かすことが出来ません。

2016/05/15 (Sun) 22:14 | yspringmind #- | URL | 編集

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