遠くまで来てしまった

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前から頼んでいた食器棚が修復を終えて家に運び込まれたのは昨年のことだ。食器棚は知人から譲り受けたもので、エミリアーノと呼ばれる類の、1800年代後半のものだ。状態が悪かったから修復にたっぷり時間が掛かったが、居間に置いてみたらしっくり来て、相棒は大そう満足そうだった。溢れるほどあった食器やグラスの多くを古道具屋に持ち込んだので随分すっきりした。残っているものは私達に選ばれたも。それなりに思い入れのある物や使い勝手の良い物が残った、と言って良いだろう。其の中に、深緑色の漆塗りのお盆がある。昔からずっと私の手元にあるものだ。もう25年ほど私の手元にあるそのお盆を眺めながら、このお盆も私と一緒に随分遠くまで来たものだと思った。

どうしてそこに足を運ぶようになったのかは、いくら思いめぐらしても思い出せない。私はまだ学生で、母はよく、姉と私を連れて行った。地下鉄の麹町で降りて少し歩いたところに在った、象彦と言う名の店だった。そうだ、あれは店だったのだ。しかし私達はいつも何かの招待状を受け取って特別展示を見に行ったから、店と言うよりはギャラリーみたいな存在だった。少なくとも私には。初めは父も一緒に行ったが、そのうち父は来なくなった。多分、私達が作品を見て回るのにあまり時間が掛かり過ぎるから、辟易したのかもしれなかった。象彦は京都の漆塗りの老舗だったと覚えている。滑らかさや色合いが、子供だった私には手の届かない高価なものに思えた。と言いながらも、行くたびに母はひとつふたつ購入していたから、それほど高価なものではなかったのかもしれない。そうして父も買ってきた漆器について文句のひとつも言わなかったから、父は漆器が好きだったのかもしれない。それについては父に訊ねたことが無いから、あくまでも私の想像でしかないけれど。私の手元にある深緑色のお盆は、其処で母が何かを購入した際に、店から手土産として持たされたものだった。手土産にしては気が利いていて、うちでは随分重宝した。漆器の扱いは難しいけれど、このくらいならば、とアメリカへ発つときに母が私に持たせてくれた。実際この程度の漆器で良かった。もっと上質なものならば、とっくに駄目にしていただろう。漆器は扱いが難しいから、と母はいつも言っていた。お盆を眺めているうちに、今度日本に帰省したら象彦を訪ねてみようと思った。陶器も好きだけれど、私は漆器が大好きだ。漆器のあの独特の匂い。手触り。色合い。日本の美、文化のひとつと言えばよいだろうか。

遠く離れてみて分かることは沢山ある。日本の文化や美もそのひとつと言えよう。中にどっぷりつかっていたら、気が付かないことが沢山ある。こんな遠くに来てしまったおかげで、私は日本の美しさを沢山再認識した。そう思えば、これで良かったような気がする。うん。無駄なことなんてひとつもない。




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コメント

こんにちは。
分厚い壁ですね。
そうなんですね、漆はすごい技法ですよね。
よくハゼという、触ったらかゆくなる木からそんな塗る液体が取れると発見したものですよね。

2016/05/04 (Wed) 16:20 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。日本の漆塗りはイタリアでは大変評判です。艶といい色合いといい、これはイタリア人にはミステリアスとしか言いようがないでしょう。しかもその土台の素材がセラミックではなく木材とあれば尚更です。ほんと、あの触れてはならの木からそんな液体をよくもまあ発見したものだと、私も感心してやみません。

2016/05/04 (Wed) 22:56 | yspringmind #- | URL | 編集

そうなんですね。
日本の技って、日本人って、すごいんですねえ。イタリアの人からしたら、驚きなのかあ。
そういう物がたくさんあるかもしれませんね。

2016/05/05 (Thu) 14:03 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、日本に居たら当たり前のように存在するものが、異国へ行けば神秘とされるものが沢山あります。漆塗りはそのひとつです。

2016/05/07 (Sat) 21:59 | yspringmind #- | URL | 編集

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