春の店先

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5月1日、労働者の為の祝日。その祝日が日曜日に重なって、私は残念でならない。振り替え休日など存在しないから、祝日は日曜日に飲み込まれたままだ。話によればフランスでは、この日に春の訪れを祝うらしく、愛する人や大切な人にすずらんの花を贈るそうだ。すずらんは幸せをもたらす花、とされているらしく、そんなところが実にフランスらしいと感心する。この話を知ったのは、随分昔のこと。本当に随分昔のことになってしまった。私がまだフランスと言う国に一種の憧れと先入観を持っていて、何時かフランスの地を踏めるなんて思いもよらなかったくらい昔のこと。私がまだ思春期をようやく過ぎた頃のことだ。

花屋とは何てロマンティックなのであろうか。勿論花屋を営むのは安易なことではないけれど。朝早く市場に仕入れに行くことも、寒い冬に冷たい水を扱うことも。花が好きで好きでならなければ、続けられない事である。この時期、ボローニャの花屋の店先にもすずらんの花は並ぶのだろうか。今まで気にしてみたことが無かったけれど。明日花屋に行ってみよう。すずらんの花を見つけたら、小さな花束を作って貰おう。
店先と言えば、私が気になって仕方がないのが青果店の店先。季節を感じる場所でもある。ボローニャ旧市街の中心に在る、食料品市場界隈には週に幾度も通っている。殆ど季節が終わりで残り少ない熟れた大振りのオレンジを求めるためだったり、甘い匂いの苺を求めるためだったり。そして、アスパラガス。以前はぷっくりと太いアスパラガスを好んでいたのに、何時の頃からかひょろりと細長いアスパラガスを好むようになった。前者と後者は対照的で、前者は豊かな家庭で問題なく育った見るからに育ちのよさそうな好青年。後者は色んなことを潜り抜けていた、一見して格好はよくないけれど、逞しい精神を持った若者と言った感じだ。どちらも魅力的だけど、そしてはじめは前者を好んでいたけれど、いつの間にか後者が好みになった。青果店の店主に促されて、これとこれ、そしてその細いアスパラガスも一束、と言うと、うんうんと頷いて、そうだ、今はこれが美味いと、見かけは貧相だけれど味のあるそれを客が指定したことに満足そうだ。店の人からすればぷっくりと太いアスパラガスの方が高価でどんどん売りたいところだろうけれど。兎に角この見かけは今ひとつの細いアスパラガスは、春の食事には欠かせない。パスタのソースにしたり、パンチェッタと大蒜と一緒にソテーにしたり、単に塩茹でしてみたり。ふと思いついて店の人に訊いてみた。おじさん、あなただったらどんな風にして食べるの? すると意外な答えが返ってきた。塩茹でして、自家製マヨネーズで食べるのが一番さ。成程、良い素材はシンプルに食べるのが一番ということか。それにしたって自家製マヨネーズ。それで思い出したことがある。
ボローニャに引っ越してきた年の夏、相棒と私はボローニャ郊外の、周囲には何もない田舎に暮らす相棒の知人家族のところに身を寄せていた。離れの家を貸して貰ったのだ。知人家族は無農薬農家で、農作物ばかりでなく牛も鶏も良いものを与えて育てていた。彼らの一日は放し飼いしている鶏が産み落とした卵を集めることから始まり、野に放した牛を小屋に入れることで締めくくる。それで卵だけれど、これが驚くほど美味しくて、これを求めて彼らの友人知人、近所の人達が通っていた。と言っても大量生産ではない。多い日は10個も産み落とすことがあるらしいけれど、たったの2個という日もある。だから足を運んでも卵が手に入らない日もあった。ある日の夕方、友人たちが山から下りてくるから一緒に食事をしようと、誘ってくれた。何か手伝うことは無いかと思ってキッチンへ行くと、家長が嬉しそうに作業をしていた。何をしているのかと訊けば、マヨネーズを作っていると言う。私が手伝うと言う彼は丁重に拒んで、これは僕の仕事だから、それに難しいんだよ、と言った。山から下りてきた友人たちは彼がマヨネーズ作りに拘りを持っていることを知っているらしく、傍らで私達のやり取りをにやにやしながら見ているだけだった。そうして夕食に出てきたマヨネーズ。僕のマヨネーズは特上なんだ、と自慢げに言う彼に、いいや、新鮮な卵を使っているからだと妻が言葉を返す。どうやらこのやり取りは、毎回行われるセレモニーみたいなものらしく、彼らの息子たちも友人たちも、はいはい、と流して大きなスプーンでマヨネーズをすくって自分の皿に盛った。まだ冷蔵庫にあるからどんどん食べてくれよ、と彼が言って、セレモニーはそれで終わったらしかった。畑で採れた様々な野菜と一緒に食べてみたけれど、確かに特上、美味しさは言葉を忘れるほどだった。
そんなことを青果店の店先で咄嗟に思い出して、どうやら私はにやにやしていたらしい。店主は自分の提案が気に入って貰えたと思い込んで、そうさ、手作りマヨネーズで食べるのが一番なんだよ、と念を押した。今度新鮮な卵が手に入ったら作ってみることにしよう。何処でそんな卵が手に入るかわからないけれど。

5月1日の空は微妙。じきに嵐がやって来るに違いない、と思っていたのに結局雨の一粒も落ちることなく夕方を迎えた。北東から風に乗ってぐんぐんやって来る黒い雲は、そのうち空一面を覆って、いいや、晩のうちに雨が降るんだよ、と言っているようだ。雨の後には良い天気がやって来るものだ。きっと素晴らしい5月になるだろう。




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コメント

羨ましいです。

yspringmindさんへ。
おはようございます。穏やかな東京です。
お写真とお話、楽しみました。ありがとう。
この細いアスパラ……日本では殆ど手に入りません。
束が大きい!ウゥ〜む、羨ましいなぁ……600円くらいですか?
アスパラは太いものがありがたがられるけれど、
僕はこの細いのが大好きです。
フランスでは、アスペルジュ・ソヴァージュでしたっけ?
イタリアでは何と呼ぶのでしょう?
デル・コンタディーノって書いてありますか?
矢張り、茹でで塩、レモン、マヨネーズかな……。
ハァ、ドッサリ食べてみたい(笑)
季節季節の野菜、新鮮な卵……なかなか夢のまた夢です。

ブノワ。

2016/05/01 (Sun) 23:40 | ブノワ。 #kZkdgmoI | URL | 編集
No title

そうですね。フランスだとLes asperges sauvages ですね。もう少し早い時期に地中海側の山肌に生えていたりしますね。フランスでは買うととてもお高いです。でも 薫り高い。自家製のマヨネーズかあ。それは美味しそうだ。私も沢山一度に食べてみたいものです。

2016/05/02 (Mon) 16:38 | kimilon #aKMr6UbQ | URL | 編集
No title

昨日の5月1たちは朝が3度くらいのとても寒い一日でした。パン屋の前にすずらん売りの人がいたので 義父母と娘と私のために 家人が買ってくれました。寒すぎて香りが閉じ込められたようになっていましたが 今日は暖かいアパートで咲き始めとてもいい香りがしますよ。今日は風が強いけれどお天気です。今週は 木曜から4連休。なんだか休んでばかりのような。。。

2016/05/02 (Mon) 16:42 | kimilon #aKMr6UbQ | URL | 編集
Re: 羨ましいです。

ブノワ」さん、こんにちは。細いアスパラガスは日本では手に入りませんか。野菜や果物の外観に拘る日本国ですから、こんな細くて見栄えのしないアスパラガスはあっても人気が無いかもしれませんね。店の値札には農家のアスパラガスと書かれていますが、種類的には野のアスパラガス、野生のアスパラガス(Asparagi selvatici)です。それを農家で作っているから、del contadinoと書かれているのでしょうね。今のレートだと、だいたい450円ほどですね、この一束で。でも、私は1ユーロ100円の感覚(こうしたところに大雑把な性格が出ますね。)でいますから、一束で400円に満たないと思って購入している訳なんです。安いです。でもとても美味しいです。イタリアのものは
イタリアに暮らすようになって覚えたこと。それは季節のものをその季節に堪能することです。形は不揃いですが、飛び切り美味しい。質素な生活の中の贅沢です、季節のものは。あ、それとですね、新鮮な卵は最近本当に手に入りにくくなりました。うちの近所で買える店、若しくは農家を只今探しているところです。

2016/05/02 (Mon) 22:19 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: No title

kimilonさん、こんにちは。フランス語とイタリア語の呼び方は実に似ていますね。これだったら私にも読めるし意味も理解できます。嬉しい! イタリアでも標高の高いところ、山とまではいかないけれども小高い丘に育つようです。20年も前にこれを摘みながら歩いたことを思い出しました。イタリアではそれほど高くはなく、寧ろお手頃。だから、気軽に購入して、この大きな束を2,3人で完食します。servaticiが味が濃くていいですね。ガーリックと炒めると、とんでもなく美味しいです。

2016/05/02 (Mon) 22:24 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: No title

kimilonさん、そちら、寒いんですね。と、ボローニャもそれなりに寒く、そう言えば数日前の夜中に同じように3度まで下がりました。そんな寒い朝にすずらん売りのひとが・・・。寒かったことでしょう。
今日の夕方、仕事帰りに花屋に立ち寄ってみましたが、すずらんの姿は無し。まったく残念でした。ところでフランスは今週、木曜日から4連休なのですか。祝日多いですね。感心しました。イタリアは、何時も休んでいるように思われがちですが、実は祝日が少ないのですよ。

2016/05/02 (Mon) 22:30 | yspringmind #- | URL | 編集
No title

こんにちは。細長いアスパラガスは野生のものですよね。イタリアやスペインだと手に入りやすいのですが私の住む町ではなかなか難しいのです。でも手に入った時にはグリルして最高のオリーブオイルと塩でいただきます。お気に入りの白ワインがあれば最高ですね。
今日まで仕事でヴィチェンツァにいました。お日様は数日出て来てくれましたがなかなかいつものような感じにはいきませんね。

2016/05/02 (Mon) 22:48 | elias #dgEWJwcw | URL | 編集
No title

うふふ そうです。今週は3日働くと4連休 。今年は祝日が日曜と重なっているので 例年より 休みが少ないですが 5月はほとんど 仕事してないんじゃないかって言う感じの月ですよ。16日の月曜も祝日ですし。

にんにくとアスパラを炒めるって言うのもそれも美味しそうですね。 この時期 呼ばれたり 呼んだりすると かなりの確立で アスパラガスが食卓に上ります。白いのやかすかに紫がかったもの。旬の味を楽しむ 日本と同じ感覚でしょうね。

この4連休は義母の85歳の誕生会の食事会があります。4日のうち4日も召集されているのですが。。。それはちょっと勘弁してもらいました。

2016/05/03 (Tue) 09:13 | kimilon #aKMr6UbQ | URL | 編集

こんにちは。
元気のいい店先ですね。
ほんとに新鮮なのがよくわかります。
基本、地産地消なのでしょうか。
もう、トマトが出回るのですね。というのが、露地物かハウスか気になったもので。
マヨネーズ、手づくり食べたことないです。酢と塩と卵でしたっけ。

2016/05/03 (Tue) 13:37 | つばめ #- | URL | 編集
Re: No title

eliasさん、こんにちは。そうです、この細いアスパラガスは野生のものです。例えば野で摘んできた薇が美味しいように、野のアスパラガスも美味しい。例えが悪かったでしょうか。そう言えば、オーブンで焼くのも美味しいですね。甘さが増して、食が進み、ワインもぐっと進みます。爽やかな白ワインなどがよいでしょう。
ヴィチェンツァに居たんですか。天候不順で残念でしたね。このところイタリアはこんな調子なのです。雨は降るし風は吹くし寒いし。もう5月なのに。はやく足首が出るコットンのパンツをはきたいのに。素足でモカシンを履きたいのに。

2016/05/03 (Tue) 23:12 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: No title

kimilonさん、なんと、16日の月曜日も祝日ですか。皆が、キャー、嬉しー、と歓喜を上げているのが想像出来ます。
この4連休はお姑さんの85歳の誕生会ですか。85歳! この年代の人達は生命力があると思いませんか。イタリアでもこの年代の人達は結構いるのですが、元気な人は本当に元気で長い綿棒を転がして手打ちパスタなどを作るんですよ。あの体力を要する仕事を80代の人達がするなんて、全く驚きです。それにしても4日も召集してくれるなんて、気に入られている証拠ですね。

2016/05/03 (Tue) 23:18 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。食料品市場界隈は何処もこんな風に元気が良いです。特にこの時期から夏の終わりまで、色とりどりで見ているだけでビタミン吸収できそうな感じです。イタリアでは近隣国からの輸入品も並びますが、消費者が国産を好み、そして更には、自分のいる県や州で収穫されるものを好みます。トマトは多分南イタリアからきたものですよ。まだハウスかもしれませんが、驚くほど甘くて味が濃くて、夏に収穫されるものをあまり変わりがありませんでした。
あ、マヨネーズは卵黄、ワインビネガー、塩、そしてオイル。実にシンプルですが分離しやすいのでコツが要るようですよ。

2016/05/03 (Tue) 23:25 | yspringmind #- | URL | 編集

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