ダニエラ

DSC_0046 small


カレンダーを見て、しまった! と思った。もう4月8日を過ぎていたからだ。あれは3月の終わりの何時だったろう。昼の時間を利用してに相棒に電話をしたが、何時まで経っても話し中だった。ちょっと頼みたいことがあるのになあ、と思いながら、そのうち向こうの方から連絡が来るに違いないと思っていたら、昼時間がもうじき終わると言う頃になって電話が鳴った。男の長話は頂けないわね。いつもそんなことを言うこともない私が、あえて意地悪く言ったところ、相棒は全くだなと言って、言い訳するかのように、彼女から電話が掛かって来たんだ、フォルリの、何だっけ、名前は、と言った。相棒と彼女は昔からの知り合いなのに、相棒はいつも彼女の名前を忘れてしまう。彼女は物凄いお喋りなので、相棒はその話しを聞いているうちに彼女の名前も、どんな用件でかかって来たかも、電話を切ると同時に忘れてしまうことがしばしばだった。え? ダニエラのこと? そう訊ねると、そうだ、ダニエラだ、一時間も話したぞ、と言った。

彼女と知り合ったのは、まだ私達がアメリカに居た頃だ。正確に言えば、彼女は相棒に多少ながら恋をしていた人で、しかし相棒と私が知り合った時期に丁度重なったために、恋みたいなものに破れてしまったらしかった。別に私の方が魅力的だったからではなく、単にそういうふうになっただけだ。でも、ダニエラは、相棒の心を奪った東洋の女が気になったらしく、ある日行きつけのカフェに突然登場した。ミニスカートから陽に良く焼けた引き締まった長い足を自慢げに出して。でも、その恋のライバルと思っていた東洋の女が、あまりに普通の人だったために拍子抜けしたらしく、翻すようにとても親切にしてくれた。ダニエラはそれから数か月すると故郷のフォルリに帰り、私達もまた数年するとアメリカを離れ、ボローニャへと移った。それを聞きつけたダニエラが、相棒の実家に電話をしてきた。是非会いましょうよ。時は夏の休暇シーズンで、そうでなくとも仕事の無い私達は、彼女に招かれるまま、フォルリの家に行った。アメリカ時代の友達夫婦がくるから、と彼女は数人の親しい友人たちも招いて、大そう楽しい夕食会を催してくれた。其の中には若い男友達がいて、ダニエラは彼が来てくれたことを大そう喜んだ。どうやら彼らは少し前に喧嘩をしたらしい。どうやら勘違いが原因だったようだが、互いに頑固でプライドが高いために、どちらが誤るでもなく、3か月以上こんな状態が続いていたらしかった。それでダニエラが、夕食会に来ないかとさりげなく誘おうと思ったのに、電話に出ない。だから、メッセージを残しておいたが、その後うんともすんとも言ってこない。だから、彼女は彼がまだ怒っていて、だから今夜も来ないのだろうと思っていたのだ。その若い男友達は、まるで気を持たすように30分遅れてやって来た。ちょっと照れながら。イタリア語が分からないながらもその様子は、私には、映画の一場面の様に面白かった。それでとても喜ぶと、今まで言葉が分からなくてつまらないのではないかと心配していた誰もが、あ、彼女が喜んでいる、楽しそう、と嬉しがってくれて、何だか話がぐちゃぐちゃになって、イタリアの古いコメディー映画のような大騒ぎになった。あの晩私達は強かに食べて飲んで、ダニエラが用意してくれた部屋に泊まった。翌朝ダニエラと彼女の母親が、美味しいカッフェを淹れてくれた。その時、彼女の母親が、あんたが娘と結婚してくれたらいいのにと思っていたけれど、娘が結婚せずに家に帰って来た時には本当に残念だったけど、でもこれで良かったのかもしれない、あんたはこの娘と結婚してよかったんだと私は思う、と相棒に話したことを帰りの車の中で聞かされた。たった一度見ただけだ、私の何が分かるのさ、と若かった私は思ったものだけど、あれからダニエラも母親も、何かにつけ電話を掛けて来て、遊びに来なさいよ、と誘ってくれた。あれからダニエラは素晴らしい男性と知り合って結婚して、母親孝行して、そうして母親が他界して、数年経つ。

長く続いた遺産相続騒動がやっと落ち着いたので、自分の誕生日会を開くから4月8日の晩に来ないか、という電話だったらしい。相棒は乗り気ではなかったけれど、私は久しぶりにダニエラに会いたいと思っていた。ただ、そのすぐ後に大風邪を引いて、うっかりそんな話があったことを忘れてしまっただけだ。私はダニエラに好感を持っている。多分そうだ。裏表がなくて、何事にも真っ直ぐな彼女を、時には嫌う人もいるけれど。それに私は、あれから長い年月が経って、今では相棒が舌を巻くほどイタリア語での口論に強くなったこと、相棒のでは無くて自分の友人知人を持っていること、結構楽しくボローニャで生活していることを彼女に報告したかったのだ。誕生日は過ぎてしまったけれど、来月にでも会いに行けばいい。ちょっとそこまで来たものだから、なんて言って。飛び切りの友人ではないけれど、私達の付き合いは細く長い。もう、24年ほど続いている。大切にしたいと思っているのだ。




人気ブログランキングへ 

コメント

No title

フォルリってボローニャの近くですよね。
私も二度ほど泊りがけで行ったことがあります。
柔道の夏合宿についていっただけですが。
とても住みやすそうでしたが、夜は寂しいかな。
小さな町にもそれぞれの世界と人生があるのですね。
夏の太陽とフォルリの山の樹蔭を思い出してしまいました。
また行ってみたいですね。

2016/04/11 (Mon) 17:10 | Via Valdossola #P6wRKz4w | URL | 編集
Re: No title

Via Valdossolaさん、こんにちは。
そうです、ボローニャからは南東に70㎞弱行ったところです。特に何があるでもありません。彼女の家もまた、何もないところに在りました。フォルリ辺りからボローニャ迄通勤する人は案外沢山いるのですよ。それからボローニャに住んでいる学生が、フォルリの大学に通うとか。ローカル電車で。
私は、ダニエラに会いに行く以外フォルリに行くことはありませんでした。普通に暮らすのにはいいかもしれません。土地がある分一軒家に暮らす人も多いですからね。

2016/04/12 (Tue) 22:33 | yspringmind #- | URL | 編集

こんにちは。
大昔の人が歩いてきそうな回廊ですね。
光の加減によって随分くらくもなるんですね。
ダニエラさんはおしゃべりなんですね。

2016/04/13 (Wed) 15:25 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。ダニエラは・・・お喋りの人もびっくりするほどのお喋りさんです。イタリア人の多くがおしゃべり好きではありますが、其の中でもとびぬけていると言って間違いありません。
ところでこの回廊はとても古いものなのです。ボローニャ旧市街の中でも古い古い部分なのです。

2016/04/13 (Wed) 22:57 | yspringmind #- | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する