音のしない夕方

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午後になって雨が降りだした。もともと土曜日は雨が降ると囁かれていたから、今まで降らずにいたこと自体が予定外だったといっても良い。でも、そんな予定外を喜んで、外に出掛けて行った人は残念だったに違いない。雨と言っても、雨期のように降り続く雨でもなければ、夕立のような激しい雨でもない。ああ、降りだした、と思いながら外を眺め、あれこれしているうちに、小降りになって、何時止んでもよさそうな雨である。そんな雨が妙に私の心を掻きたてるのには理由がある。遠い雷音。空もそろそろ明るいというのに、鳴り続ける雷。

アメリカ生活をして半年経つ頃に、私は知人とふたりでアパートメントを借りて暮らし始めた。事実上、私達が自力で探して契約まで取り付けた、努力の結晶と言ってもよかった。坂道に面した古い建物で、沢山の住居人がいた。そのうちのひとつが私達の棲み家で、私も知人も此処が気に入っていた。
一階に暮らしていたのが猫おばさん。そうだ、そんな人が居た。がたいの大きな猫をいつも抱えて歩いていた。銀髪の巻き毛に大きな眼鏡。いつもバサリと頭からかぶるような膝丈のワンピースを着ていて、出入りする人達を見ていた。目つきが鋭くて怖いと思っていたが、実は優しい人だった。ただ、私がまだ英語をよく理解できないために、直ぐにいらいらする彼女が、それから眼鏡の分厚いレンズで拡大された彼女の瞳が、私にそんな印象を植え付けていただけだ。それに気が付くまでにずいぶん時間が掛かってしまったのが、少々残念だったけれど。
同じく一階に暮らしていたスティーヴ。典型的なアフリカ系アメリカ人で、革のカウボーイハット、黒い肌にターコイズのペンダントが似合っていた。歌を歌わせたらさぞかしうまいだろうと思っていたが、案の定、素晴らしい感覚を持っていた。何時も道に面した入り口の石段に座って時間をつぶしているアパートメントの管理人の息子のギターをちょっと借りて、ぽろん、ぽろんと奏でると、パンチの利いた低い声で歌いだす。スティーヴ、あんた、昔は歌手だったの? と単なる通行人すらも足を止めて聞き入ってしまうよな声に、しかし本人は、このくらいで歌手になれたら街中歌手だらけさと照れて、ギターを返すなり部屋の中に消えてしまう。
三階に住んでいた若い夫婦。大型の日本製オートバイを足に動いているアメリカ人の夫と真直ぐの長い黒髪がびっくりするほど美しい、更にはすらりと伸びた手足や面長の顔立ちまでが計算されたようにパランスよくセットされた彼の日本人の妻。この建物に日本人が引っ越してきたと耳にして、彼女は私達に関心を持ったらしく、ある日の午後、玄関先で呼び止められた。彼女は本当に美しかった。もし写真のモデルなどをしていると聞いたら、100%信じてしまう程に。彼女は私に幾つかの質問をして、上の階に住んでいるから、何かあったら声を掛けてくれればいい、と優しいことを言ってくれた。それが初めで最後だった。何故なら彼女たち夫婦は何か大きな仲違いをしていて、いつも言い争いをしていたから。多分、他人に構っている場合ではなかったに違いないのだ。でも、異国で、祖国の人にそんな風に声を掛けて貰うのは何と嬉しいことだろうと、私はあの日思ったものだ。人に手を差し伸べる気持ちを持つと言うのは、つまりは心に余裕がある証拠。いつか自分もそんな人間になりたいと思った。
二階の、私と知人が暮らす部屋の横に、小さなSTUDIOがあった。そこに私達の口うるさい隣人が居た。ドアをバタンと閉じないように。そう書いたメモを私達のドアにテープで張り付けたのは、何時だっただろうか。そうだ、私達のところに3人目の住居人がやって来て直ぐの事だった。3人目の住居人は世間知らずの、お婆さんが何でもしてくれる家で何もせずに育った若いハンガリー男性だった。ドアをバタンと閉じるのも平気ならば、共同生活をする私に自分の部屋も掃除してほしいなどと平気で言う人だった。それで私は彼を注意して、初めて隣の人を訪ねたのだ。すみません、隣の住人ですが。すると中から酷く痩せて疲れた、年齢不詳の男性が現れた。パジャマにガウンと言う装いで。彼は一年中病で寝込んでいるから、ドアの音が気になるのだと言った。成程、それは気になるわけだ。私は今後は気をつけるからと約束して、彼のところを後にした。多分病は、当時のアメリカを脅かしていた類のものであるに違いないと察していたが、私にはどうでも良いことだった。それよりも、偏見を持ったり差別することが嫌だった。自分だって大した人間ではないではないか。だからそのことで人とあれこれ話をすることも無ければ、彼を嫌うこともなかった。だいたい彼は、良い人だった。神経質ではあったけれど、隣り合わせの出窓で顔を合わせると、君の植木にも水をくべておいたからななどというような人柄だった。私のことを、可愛い東洋人の女の子、と呼んでいたらしい。彼が亡くなって、そのあと部屋を片付けに来た彼の親しい友人から聞いて知ったのだけど。そして彼から頼まれているんだ、と箱すら開けていない真新しい食器のセットを手渡されて、彼はもっと人と話がしたかったのではないかと思ったら、涙が次から次から流れて出た。あれから少しして私と知人がアパートメントの契約を解除して出て行ったのは、そんなことも理由のひとつだっただろう。口うるさい隣人の不在。窓越しに会うこともない。魂だけでも良いから、会うことが出来ればいいのにと思いながら過ごした夕暮れ。

遠い雷がいつの間にか消えて、音のしない夕方。夕方といったって夏時間だから、何時までも明るい。自分が通過してきたことを思い出して思うのは、恵まれていた、ということだ。何かを大成したでもなければ、自慢できるようなこともなかったけれど、沢山の犯罪や悲しいことは山ほどあるこの世の中で、こんな風にやってこれたのだから、これを幸せと言わずに何と言おう。こんなことを考えているのは、多分体調を崩して寝込んだからだ。自分が元気なうちに、世の中に恩返しをしておきたいと思うようになった。無理をする必要はない。私が出来る範囲での、小さな恩返しでいいから。




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2016/04/10 (Sun) 03:33 | # | | 編集
Re: No title

鍵コメさん、こんんいちは。鍵コメさんがパリに居たのは、もうそんな前になりますか。私と鍵コメさんの付き合いもそのくらいからになるでしょうか。兎に角どのアパートメントにも、大抵猫おばさんはいるものですね。私がアメリカのあのアパートメントに居た時は、あまり猫に関心が無かったのですが、今ならあのおばさんとすごく楽しく話が出来るのになあと、少し残念な気分でもあります。私がアメリカのあの町に強い思いがあるのは、それは私が恋い焦がれてやっと暮らすことが出来た街だったからです。だからどんなつらい事があっても、悲しいことがあっても、離れたくなかった。なのに恋は盲目と言うのか、あんなにあっさりとあの町から離れてしまったことを、20年経つ今も、ああ、なんてこった、と思うのです。
コメント欄は自由に使ってください。勿論メールでもいいですよ。どちらも大歓迎。

2016/04/10 (Sun) 22:18 | yspringmind #- | URL | 編集

こんにちは。
桐の花でしょうか。
ほんとにいろんな人がいますね。
たまたま京都で人と話していたら、初めて会った人だったのですが、そんなこと聞こうとも思ってないのに家族のことから仕事のお金の貸し借りのことから、よくしゃべるおじさんに会いました。知らない人だからというのもあったのでしょうが。人に話す余裕があったから話してるのか、わたしは最後のほうはつかれてしまったのですが。
ほんとにいろんな人がいる。

2016/04/12 (Tue) 03:47 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。これは栃ノ木の花です。この花が栃の実になるのですよ。
つばめさんはが初めてあったその人は、案外外国に暮らしていたことがあるのではないかと思いました。日本人に限らず、外国に居ると全く知らない人と自分の事や家族のことを話すことが多いです。それは日本に居たら実に不思議なことかもしれませんが、日本の外ではあまり珍しくない事なのですよ。相手が知らない人の方が話し易かったり、訊いて貰いたかったり。だから私はアメリカでもイタリアでも、色んな人から世気もしていなかった話を沢山聞きました。それは日本では得られなかった貴重な体験でもありませ。そして私はそういうのを案外快く思ってもいるのです。

2016/04/12 (Tue) 22:39 | yspringmind #- | URL | 編集

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