夏時間に想う

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目を覚ましたら夏時間になっていた。それは毎年の決まり事で、数日前から心の準備も出来ていた。でも、夏時間になった日曜日の朝は新鮮だ。何か不思議な気持ち。どうしようもなく嬉しい気持ち。私にとって言葉の響きは大切だ。この夏時間が他の呼び方だったらば、こんなにも心を躍らせなかっただろう。言葉の響きという点では冬時間も同じだ。何か鼠色の分厚い雲が立ち込める冬空のような響きで、私を何時だってがっかりさせるから。兎に角そう言う訳で夏時間は私をとても喜ばせる。多分私だけでないだろう、この明るい響きにわくわくしているのは。

私と夏時間との出会いはアメリカに暮していた時のことだから、随分昔のことになる。今では3月の半ばに夏時間になるらしいが、当時は4月の第一日曜日に夏時間がやって来た。西の海岸沿いは3月になれば薄着になることができたから、まだ夏時間にならぬことがじれったくさえあった。そうして夏時間を迎えると夕方の時間が楽しくて、夕方から出掛けることが多くなった。アパートメントを出て坂道を上り、4ブロック程行ったところを左に曲がる。そうして急な坂道を降りて、なだらかな道をひたすら歩いて行けば海にぶつかった。でも、私は大抵その途中で右に曲がってしまったけれど。行先はカフェ。イタリア人街に在るカフェだった。レストランに入ることはあまりなく、カフェで堅い堅い大振りのビスコットとカップチーノを注文して、明るい夕方を感じながら長い長い手紙を書いた。小さなカフェだったから時には知らない人と相席になったりもしたけれど、私はカフェで手紙を書くのが好きだった。日本語で綴る手紙を読める人などいなかったから、何か安心で、周囲の雑音や音楽でかき乱されることもなかった。そうして空がようやく暗くなりはじめる頃、来た道を辿るようにして歩いて家に帰った。バスの月極めパスを持っていなかったからだ。カフェで使うお金は惜しまないくせに、バス代は惜しんだ。なに、私は若かったのだ。歩くことくらいなんでもなかったのだ。それに歩きながら街並みを眺めるのが好きだったし、大好きな街を自分の足で歩くことが喜びでもあったから。遅くまで明るかったから、ついつい遊び過ぎて眠りに就く時間が遅くなった。だから朝が本当に辛かった。その習慣は、あれから25年も経つ今も続いていて、あまり成長はない。外見ばかり年をとって物知り顔だが、中身はあの頃とあまり変化はないようだ。明るい空の夕方に心を騒がせて、ついつい寄り道してしまうことにしたって。そうだ、ユニオン通りのレストランの前で待ち合わせをしていたのに、デートをすっぽかさせたことがあった。携帯電話など世間一般に出回っていない頃だったから、約束に来れないとか遅れるとか、そういう連絡が取れなかったのだ。確かあれは4月のことで、夕方7時頃だったのに空が妙に明るくて、すっぽかされたことが馬鹿馬鹿しく思えたっけ。やめた、やめたと言いながら、歩き始めたところでばったり女友達に会い、ふたりで幾つもの店を覘きながら家に帰ったのを覚えている。すっぽかされたことを告白すると、女友達はそんな人は放っておけと言った。実際、そんなだったから恋はうまく行かなくて、終わった後になって彼女の言う通りだったと苦笑した。
人間は変化するものと思っているけれど、私の基本的なところは昔のままだ。25年経った今も基本的なところはそのまま残っていて、それを私は嬉しく思う。自然体の自分でいたい。夢を追いかけるのも良し。肩の力を抜いて自分らしく生活したいと思う。何処にいたってそれは可能だと思うけれど、もしボローニャでそれが不可能ならば、別の場所を探すのも良い。自分が自分でいられることは、金銭的なことや社交的なことよりも、ずっと大切なことだから。
昔のことを思い出すと、私はそんなことを考える。あの頃が自分らしかったからだろう。うん、多分そうなのだろう。

復活祭に続いて明日も祝日。明日はイタリア式に春の掃除でもしてみようか。




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コメント

こんにちは。
気持ちのよい写真ですね。
春っていう感じです。
サンフランシスコは色で言ったら何色ですか。
いま、京都に遊びに来ています。
天気が変わりやすく突然のお天気雨に菅原道真の話を思い出します。
はじめは行く気がしなかったのですが、何とはなしに金閣寺に行きました。東日本大震災以降少なくなっていた観光客がたくさん戻ってきています。中国の観光客が多いとは聞いていましたが、西欧からの人々も多くてびっくりしました。金色の寺なんて少し自己主張が強くて苦手だなと思っていたのですが、庭園の松が美しかったです。金色に魅せられる人の心情はさっぱりわかりませんが、その当時を思うと奈良の東大寺大仏の次ぐらいに一般の人々を驚かせたでしょうね。成金趣味のようで好きではないけど、庭園も含めて迫力はありますね。世界の人々に囲まれながら観光できることに酔って幸せでした。なぜなら、世界はいろんな事があるけど、こうやって西欧の人々、アジアの人々たちと休憩所でみたらし団子や抹茶ソフトを食べている光景ほど小さな小さなシャングリ・ラもしくは桃源郷(少し言いすぎ)のようで、これはなかなかいいぞ、垣根を越えてるぞと感じていたのです。
人と違うのが良いことという教育を受けてないので、違って当たり前を前提にした世界を目の当たりにすると、いやという人もいるかもしれないけど、わたしの場合は至極ホッとします。そういうことで今、世界でも問題が起きてたりする。違っていいんだ、違って当たり前なんだよ、ちぢこまりそうな気持ちの時に百聞は一見にしかずで、寺を見に行ったというよりも、人を見に行ったというかんじでした。

2016/03/28 (Mon) 15:57 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。ボローニャの普通の人達、普通の様子を撮ってみました。
私にとってサンフランシスコは色で言ったら・・・青空色です。そんな空の下を闊歩するのが大好きでした。
京都だなんて、いいですね。もう25年だかもっとだか訪れていません。京都はいいようによっては全くの大観光地だと思いますが、其の京都の為に海の向こうから人種も言葉も思想も違う人々がやって来ると思うと、全くすごい話だと思わずにはいられません。そう言えば私が数年前鎌倉へ行った時、茶店に腰を下ろしてわらび餅など食べていたら、北欧の人やドイツ人、アメリカ人や中国人にアフリカの人が店内で、ところてんを食べているのを見て同じようなことを感じました。垣根を超えている、全くそんな感じでしたよ。
私の場合、人と違っても良いと育てられたものですから、人と同じでなくてはいけない文化は息苦しいのです。自由にのびのび、心も考えも。そういうことが良いとされる時代は来るでしょうか、日本にも。

2016/03/29 (Tue) 22:32 | yspringmind #- | URL | 編集

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