土曜日

DSC_0033 small


一週間で一番楽しみなのは土曜日。ゆっくり起床できるのも土曜日ならば、明日を心配せずに眠りに就けるのも土曜日だ。私にとっては一週間のうちで一番輝いている日と言って良い。猫もそれを承知しているらしく、どんなに遅く起きても文句のひとつを言うでもない。昨年の今頃はまだ子猫だったから、空腹を訴えにやって来たものだけど、今は窓辺に座って外の樹木にやって来る鳥を観察しては独り言を言って待つようになった。平日の朝は6時を待たずにベッドから抜け出して、家のことを手早く済ませると風のように家から出て仕事へ行くのだから、週末くらいはそっとしておこう、などと思っている筈はないけれど。兎に角、外がすっかり明るくなって、眠るのにも飽きた頃に目を覚ます、それが私の土曜日で、楽しみのひとつと言って間違いない。これに関して言えば、そんな土曜日を過ごさせてくれる相棒と猫に素直に感謝しているのである。
ところで今日は暖かい。昼前には15度を超え、いつものジャケットが不釣り合いに思えるほど暖かくなった。窓を開けて確認する。遠くを歩く人たちの軽装、サングラス。それから確かに今までとは違う空気。既に身に着けていたジャケットを脱いで、薄い皮のジャケットを羽織った。春先や秋にちょうどいいと思って随分前に購入したが、これが本当に役立っている。軽装ではないが厚着でもない。適当に軽快でご機嫌。そして、急に寒くなったら前をしっかり閉めればいい。カメラを気に入りの鞄に詰め込んで外に出た。

街には外来者と思われる人達が目についた。それで思い出した。今週はボローニャで美容関係の見本市が開かれているのだ。成程、よく見てみればそうした関係に属する人達があちらこちらに居た。お洒落な人達はボローニャにも居るけれど、一瞬ちがう。美容やファッションを追及する人達の感覚は、何な体の芯の辺りから違うのか、真似をしようにもできないものがあると私は昔から思っているのだ。昔私が少しだけ、デザイン業界に属してその中の人達と接した時に感じたのもそんなものだった。そして同時に感じたのは、そうしたものは私には向いていない、ということだったけど。
あれはどこだっただろう。新米の私は言いつけられてカメラマンのところに行ったのだ。スタジオは都心の駅から少し離れたところに在って、中に入ると見かけの良いカメラマンと助手と呼ばれる人たちが幾人か居た。私が彼のところに行くことは既に電話で知らされていたらしく、直ぐに中に通してくれた。私はそのカメラマンから大きな封筒を受け取って自分の職場に持ち帰ればよいだけだった。それで封筒を受け取って、それじゃあと軽く会釈をして出て行こうとする私を、カメラマンが引き留めた。君はどうしてこの世界に入ったのかと訊いた。この世界。私はそんなことは考えたこともなかったし、それに彼の言うこの世界とは何だろうと思いめぐらしていると、彼は少し小馬鹿にしたような表情で笑って、君は純粋なんだね、と言って、それから幾つもの話を聞かせてくれた。それは噂話や説教めいたものなどではなくて、例えば水道の蛇口から滴が一滴落ちる時、などと言った良く分からないことだった。私をからかっているのかと思えばそうでもなく、充分私を引き留めたことに気が付くと、いつかきっと解るから、と言って私の肩をぽんぽんと叩いた。それが、さあ、もう行ってもいいよ、の合図のようだった。大きな封筒には彼の写真のネガが入っていた。どんな写真なのだろうと興味津々だった。それから、もう一つ興味津々だったことがある。先ほどのスタジオに居た人達のことだ。もし、彼らが雑踏に居たとしても、そうしたクリエイティブなことに携わっていることを私は感じ取ることが出来ただろう。特別な衣類を身に着けているでもなければ、ヘアスタイルが素敵なわけでもないけれど、何か独特な匂い、独特な空気が纏わりついていた。職場に帰って封筒を収めると、例のカメラマンから電話があったと聞かされた。不思議な感覚の子だったけれど、何処で手に入れたのだとカメラマンが訊いたそうだ。何処で手に入れたとは失礼な、と思いながら、不思議な感覚の持ち主なのだろうかと自分に問いた。クリエイティブなことに合わない人間と言う意味だったのかもしれないし、ちやほやされているカメラマンの彼に少しも媚びなかったことを指していたのかもしれない。其の数か月後、私はドクターストップがかかって、この仕事を辞めてしまった。だから二度と彼と会うことは無く、これについては未だに回答が得られず迷宮入りとなった。
あれから随分の年月が経ち、その頃のことを穏やかな気持ちで思い出すことが出来るようになった。私が本当のところで大人になれたからなのかもしれないし、単に長い年月が経って、昔のこととして扱えるようになったからかもしれない。今思えば、少しでもクリエイティヴな人達と接することが出来たことを、良い経験だったと思う。あの経験で、そうした人達が放つ独特な匂いの無い匂いを嗅ぎつけられるようになったのかもしれない。

飼い主がポルティコの柱に寄りかかって誰かを待っているのを黙って待つ茶色い犬。遠くの方からずっと私を見つめていた。通り過ぎたが引き返して、頭を撫でさせて貰った。あなた、可愛いわねえ、と。犬はとても嬉しそうで、飼い主も嬉しそうだった。誰もが嬉しい土曜日。土曜日に乾杯。




人気ブログランキングへ 

コメント

こんにちは。
数日前からつばめがやって来ました。去年生まれた子供が帰ってきたんだなと感心します。これから日に日に数が増えていくのが楽しみです。
土曜日、大好きです。
金曜の夜なんて、もっと大好きです。
写真の壁はとても重厚ですね。敵を寄せ付けないような。サングラスしている人もいて日差しが出てきたのですね。
yspringmindさん。話を聞かせてくれてありがとう。カメラマンが不思議な感覚な子だねと言ったのは、よほど人としてひかれるものを感じたからではないでしょうか。それだけ人を見てきた職業の人だから人として他の人にはない光るなにかを感じたからではないでしょうか。水滴の話はよくわかりませんが。
とてもいそがしい現場にいらしたのですね。そういうところで働く人の感性は、ずっと燃え続けるものなんでしょうか。ほんとうに、yspringmindさんの言葉がいい得て妙!なのですが、時間がなんらか作用してというのはありますね。その逆もあって、忘れたくないことも。人はどこかにたどり着くものですか。わたしは、まだまだわかりません。

いま、白い花の花盛りですよ。水仙、彼岸桜、木蓮。
木蓮は好きですが、寒さに弱いので一日でも寒い日があると咲いてる途中でもすぐ茶色になって散ってしまいますね。

2016/03/21 (Mon) 15:22 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。もう、つばめがやってきましたか。早いような気がするけれど、その辺りでは普通なのかもしれませんね。ボローニャはあと半月若しくはひと月待たねばならないでしょう。
私も土曜日と同じくらい、金曜日の晩が好きです。何とも言えぬ開放感。これはどの国に住んでも同じですね。スキップしたくなるような気分とでも言いましょうか。
この壁は古いのです。急証券取引所で現在は私立図書館として利用されています。地下にはローマ時代の遺跡も残されていて、素晴らしいのですが、私はこの壁、この通りに面した壁と備え付けられた噴水が好きなのです。この壁を初めて見た日から、ずっと好きなのですよ。
ところでカメラマンが不思議な感覚な子だねと言ったのは、多分つばめさんが思ったようなことではなくて、どうしてこの子、デザインなどしているのかな、そんな感じじゃないのになあ、といった類なのではないかと思います。何故ならデザイン会社で働く人達は、そうした空気みたいなものを身に着けている、見てすぐわかるような人達が多いからです。私はといえば実に、変わっていることは確かでしたが、デザインをしている人みたいなオーラは無かったと思うのですよ。でも、もし他の人にはない光るなにかを感じたのだとしたら・・・あれから随分の年月が経って今更ですが、嬉しいですね。からではないでしょうか。
こうした場所で働く人の感性は、ずっと燃え続けるものなんでしょうか。・・・わかりません。でもそうであればいいのにと思います。そして同時に、感性が燃え続けるという其の言葉の素敵さに、私は感激しています。

2016/03/22 (Tue) 23:52 | yspringmind #- | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する