小さな発見

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昨日から風が吹いている。昨日の風は冷たい北風で、バスの停留所に立っていたらすっかり体が冷えてしまった。3月は暖かい日あり、寒い日あり。日本には三寒四温という言葉があるけれど、言葉通り行ったり来たりしながら季節は徐々に春へと移り行くのだ。

最近気に入りの店がある。其の店は1年くらい前から在ったと思う。前を幾度も歩いたのに一度も入ってみたいと思わなかった。先月、爪の手入れをして貰う日の夕方、其の店に入ってみた。何か買うつもりがあった訳でもなく、約束の時間までまだ少しあった、というだけのことだった。つまり時間つぶしであり、単なる好奇心だった。店の間口は酷く狭くて、ちょっと入りにくい雰囲気の構えだった。BIOの食料品を置く店で、奥の方ではヨガのクラスも設けているらしかった。これらは爪の手入れをしてくれるお嬢さんから得た情報だった。時間もあることだし、と中に入ってみたら中は間口と同じように狭く、商品が所狭しと置かれていた。素適な雰囲気も目立ったセンスの良さもなく、クオリティ重視、と言わんばかりに、棚に置かれているだけだ。中に居た店の人は先客に何か説明をしていたが、こんばんは、と言って中に入ってきた私に明るく挨拶を返した。いい感じだった。こう言う人が働いる店が悪い筈が無い、と私はとっさに思った。店内のセンスとは別に置かれているものはなかなか興味深いものだった。私は適当に見て回り、と言ってもとても狭いのでひと回りするのはあっという間だったけど、兎に角、ある棚にドライフルーツが並んでいるのを見つけた。其の中から種を抜いていないプルーンと、フライした薄切りバナナの袋を取り上げた。買い物をする予定はなかったが、購入して店を出た。その晩、家でそのふたつを食してみたら、今まで食べたどれよりも美味しくて驚いた。ちょっと、と相棒にも差し出したら、これは美味しい、と目を丸くした。その翌週、また店に立ち寄った。今度は時間つぶしではない。店に入ろうと思ってわざわざ足を向けたのだ。塩が欲しかったのだ。塩と簡単に言うが、塩ほど美味い不味いの差が大きいものはない。この塩次第で料理が美味しくなったりそうでなくなったりする、と私は思っているのだ。店には数種類の塩があった。其の中から湿り気のある薄い鼠色とも薄い茶色とも言い難い塩を選らんだ。見たらフランスの西岸にある塩田のものだった。それを持ち帰って夕食に用いてみたら、これがまた甘みのある塩で嬉しかった。ポルトガルから持ち帰ったものとはまた少し違う塩。そう思いながらこんなに塩に拘る自分が可笑しく思えた。昨夕、また店に行った。目的はブラウンシュガーと言うのか、きび糖というのか、イタリア語で言うZucchero di canna だ。店は幾人かで構成されているらしく、毎回違う人が居る。今日の当番は若い男性で、初めて入った時に居た店の人と肩を並べるほどの感じの良い挨拶で迎えてくれた。私が探しているものを言うと、彼は棚の下の方を指さした。見たら7種類も並んでいて、まさかこんな小さな店に7種類ものZucchero di cannaがあるとは夢にも思っていなかったので、目を見開いて彼の顔を見返すと、うん、と頷いて私の傍らから離れた。時間をかけて選んでください。どうぞごゆっくり。とでも言うように。実際、時間が掛かった。ひとつひとつを手に取って袋に記されていることを読んでみた。読めば読むほど分からない。だから一番右端にあるものを買うことにした。これから毎回違うものを購入してみればよいと思って。そのうちどれが自分好みか分かるだろう。それからフライした薄切りバナナ。これには私も相棒も夢中なのだ。2袋を手にとったら棚が空になった。これに夢中な人が私のほかにも居るらしかった。レジには先客が居た。この近くに住んでいるらしい常連客と話の具合から分かった。客はこれから食事会に行くらしく、赤ワインを2本手土産にするらしい。ちょっと奮発して2本で40ユーロ。一体どんな食事会なのだろう。この店は今まで私が足を運んでいた類の店とはちょっと違う。気取りが無い。温かい空気が漂う。店の人と先客の話に耳を傾けるのが楽しくて、こんなことが展開されていたのか、この店では、と、ちょっとした発見であった。美味しい物、拘りのあるものが手に入るだけでなく、人間模様も面白い。今度、先客のいない時に、店の人とゆっくりお喋りをしてみたいと思った。面白い話が聞けるかもしれない。案外共通した何かを見つけることが出来るかもしれない。当分の間この店には、週一で通うことになるだろう。

健やかな精神に健やかな体。私が求めているものはそれほど難しいことではないと思っているが、季節の変わり目は曲者。昨日から片頭痛がして、私を酷く悩ませる。




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コメント

こんにちは。
BIOの店は無農薬とかいう意味ですか。
おもしろそうですね。
フライドバナナはかたい厚切りの物は食べたことがありますが、そんなにおいしいと買いたくなるものは興味がありますね。

写真は何かの遺跡か生活の跡を閉じたような形跡がありますね。

健やかな精神と健康な体、いちばん大切ですね。

2016/03/06 (Sun) 10:17 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。BIOとは有機農産物や有機加工品のことを指すようですよ。大きな店奈や様々なものが置かれていますが、この店は何しろ小さいので農産物はごく少しだけ、有機加工品を主に老いていました。フライしたバナナは、多分つばめさんが食べたことのあるものと同じですよ。でも、今まで食べたどれよりも自然の味で軽くて美味しかったです。ポリポリと、何時までも手が出てしまう。食べ過ぎないように気をつけなくてはいけません。
写真の壁は、その昔は入り口だったのを封じたものです。ボローニャにはこういう壁が案外沢山存在するのですよ。すっかり隠すのではなく、昔はこうだった、ということを分かるようにして塞ぐのです。
健康の素晴らしさは、健康でなくなってみて初めて分かるものですね。

2016/03/06 (Sun) 23:16 | yspringmind #- | URL | 編集

入口をふさぐときに、昔はこうだったというふうにふさぐって、とても意にそっていて意味のある作り方ですね。
そういう先の人と後の人をつなぐようななおし方の発想って、いろんなことに応用できそうな手仕事だなと感心しました。
こちら日本だと古いものを一から新しいものに作り替えるのが良いとされてる感じを受けますので。でも、もともと日本でも例えば障子に穴が開いたら障子紙を桜に切って米のノリで貼るということもしてたので、ちょっと感覚的に似てるかな。

2016/03/07 (Mon) 14:26 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、これは骨董品の修復にも言えることです。修理ではなく修復ですから、新品に戻すのではなく、復刻させる、其の為に足跡を残しても良いのです。これは新しいものに簡単に買いかえる文化の国民にはなかなか理解し難いのですが、私は長い時間をかけてその意味が分かるようになりました。新品にするのなら何も直さずに買い換えればよいのです。直すのは決してお金がないからではなくて、それに大きな愛着があるから。価値あるものだからなのですよ。其れで修復と言うのは、その世界を知らない人はいつも驚くのですが、実にお金がかかるのです。だから本当に愛着が無ければ、そんなお金をかけて修復する必要もないのです。修復を繰り返しながら何十年何百年次の世代に残していく、というのがヨーロッパの文化ともいえると思います。これにしても長い時間が掛かりました、理解できるようになるまで。

2016/03/09 (Wed) 23:57 | yspringmind #- | URL | 編集
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2016/03/10 (Thu) 02:16 | # | | 編集
Re: No title

鍵コメさん、こんにちは。古いものを大切にする土地の発見、嬉しいですね。新しいとか古いとか、いくらだったとかは、物の良さ、味わいとは別物ですね。手作りの丸い食卓テーブル。どんな物か見てみたいです。大きすぎて車のトランクを開けっぱなしにしてせっせと運んだ様子は安易に想像出来ました。うちもまたそんな風にして引っ越しをしたものですから。お母様が欲しがったそうですが、ああ、残念!4000ドル以上掛かる送料は、確かに諦めて貰うしかありませんね。
うちはアメリカで使っていた骨董品、家具も含めてコンテナに詰め込んでイタリアに持ってきました。だからアメリカのものも沢山あるんですよ、ボローニャの家に。だけど次にもし別の国に引っ越す時は、手放すことに決めました。引っ越しは、やはり身軽が一番みたいですよ。鍵コメさん、次の街で気に入りのアンティーク家具を探す楽しみが出来たと思ってくださいよ。

2016/03/11 (Fri) 00:14 | yspringmind #- | URL | 編集

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