装い

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窓の外の雨。寝室の窓から見える隣人の庭のプールの水面に、雨粒による幾つもの小さな輪が出来ては消える。予報通りの雨。でも、強い降りではない。静かに淡々と降る雨に、ほんの少し安堵を感じる。そんな土曜日が私には必要だったような気がするのは、多分私が少しばかり疲れているからだろう。

金曜日の夕方、約束の時間まで少し間があったのを利用して旧市街を歩いた。冬と春が交差して見えるのは、連なるショーウィンドウのせい。冬ものを売りつくすためにサルディが続いている店もあれば、春物を飾ってウィンドウの前を行き来する人達の目を楽しませる店もある。檸檬色の軽いのコート。爽やかな色のシフォンのスカーフ。既に冬物に関心がない私には、そうした明るい、明るい季節にぴったりの色や素材が気になってならない。立ち止ってはウィンドウを覘き、そしてまた歩く。途中で食料品市場界隈を見て歩き、早々と並ぶ、赤い赤い苺に心を躍らす。しかしまだ、特有の匂いがぷーんと漂う程ではないのは、苺の季節ではない証拠。まだまだ。地元の苺が採れるようになるまで、せめてイタリア産が店に並ぶようになるまで待ってみよう。そう思いながら、ついつい鞄の中から財布を取り出してしまいそうになる衝動を抑えるのに苦労した。特にいつもの青果店の店の人とうっかり目が合って、こんばんは、シニョーラ、苺が美味しいよ、などと声を掛けられようならば。そうして、その先の路地に出たら、見つけた。自分のスタイルでは決してないけれど、何か清々とした、確実に冬を脱出したショーウィンドウ。とても私の手が出るような店ではない。一体どんな人達が顧客なのか知りたいくらい、高価なものを扱っている。でも、見るのは自由。私はこの店のウィンドウを覗き込むのが好きだ。きちんとしていて気持ちがいい。仕立ての良いジャケット。とても良いラインで魅入ってしまった。こんな装いでボローニャの街を歩いたらば、きっと誰もが振り返るだろう。と、その時、はっとした。今年に入ってから随分と手抜きだったことを。朝は何時も大忙しで、その日に身に着けるものを考える暇すら惜しかった。無難なもの。クルーネックのセーターに細身のジーンズとショートブーツ。首元にスカーフを結んでオーバーコートを羽織って、駆け足で家を出ると言う具合だった。勿論その日その日にセーターとスカーフの色のバランスくらいは一瞬考えたけれど。ここ2か月のことを思い出して、深い溜息が出た。いいや、時間だけの問題ではない。多分私の気持ちの問題。こんなもんでいいでしょう、とか何とか。季節が変わるのを機会に、少し考え直してみようではないか。無難は忘れて、手抜きも止めて、少しは気分が盛り上がるような、そんな装い。新しいものを購入する予定はないけれど、手持ちのものでもお洒落は出来る筈なのだから。そうだ、何時も袖を通さないブラウスを着てみたらどうだろう。それともVネックのセーターに小さなシルクのスカーフをキュッと結んでみるとか。ショートブーツを脱いで、かっちりとした男っぽい靴を合わせてみるとか。冬の間眠っていたお洒落心にスイッチが入ったらしい。次から次から湧き上がっては消えた。長いこと、このウィンドウの前に立っていたようだ。約束の時間が近づいていた。店の人は何と思っただろう。私がこのジャケットを求めて店に入ってくると期待しただろうか。それとも一見して、単なる見物者と見抜いただろうか。私はもう一度美しいラインのジャケットを眺めて、その前を去った。次に来る時には、きっと別の美しいものが飾られているに違いない。

昼前に近所のクリーニング屋さんに頼んでおいたものを引き取りに行ったら、こんな日は家の中でゆっくりするのがいいわねえ、と女主人が言った。こんな日。雨が音もなく、根気強く降り続く土曜日のことだ。
一向に雨が止む気配がない。キッチンの窓から外を眺めてみたが、道を歩く人もない。家の中でゆっくりするのがいい、こんな日は、と誰もが思っているのかもしれない。


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コメント

こんにちは。
すっかり春になりました。
梅が咲き日差しがまぶしいです。
ショーウインドウの洋服はストライプのジャケットに軽やかなスカートとまたしゃれていますね。思いつかない組み合わせだけど、何でもやってみたら合うということかな。
冬が去っていくまでは何かいつの間にかたまったものを春に押し出すような感覚がここ数年あります。
冬の間に何かをぎゅーっと凝縮して春になるまでに次こうしようとまとめるような。
私はそろそろ髪を切りに行かなくちゃ。
過ぎてみると思いをめぐらしたこの冬も懐かしいような気もします。

2016/02/28 (Sun) 05:17 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。そちらはすっかり春ですか。まあ、羨ましい。こちらは雨が降っているので、雨が上がって晴れたらば、春になったかまだなのかが分かるのかもしれません。
ショーウインドウの洋服ですが、コントラストの強いストライプのジャケットに、軽やかなスカート・・・ではなくて軽やかなラインの美しい生クリーム色のドレスでした。此れで街を歩いたら、誰もがはっとして振り返るでしょう。お洒落は面白いです。人がしない組み合わせをいかに勇気をもってするか、そしてそうした組み合わせは勿論美しくなくてはいけなくて。
私にはこの手の洋服は持ち合わせていなくて、無難なものばかり。クローゼットの中を見る限り、全然お洒落ではありません。年々、無難な方向に向かっていますが、この辺でちょっと小さな革命を。

2016/02/28 (Sun) 23:11 | yspringmind #- | URL | 編集

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