拘り

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土曜日の快晴が一転して、日曜日に目を覚ますと雨だった。天から真っ直ぐ降り落ちる太い雨が地面を黒く濡らしていた。寝室の窓から見える隣人の庭のプールの水面は、雨粒に叩かれて幾つもの小さな輪が出来ては消えた。それを窓辺で眺める猫。猫はこのプールを眺めるのが大好きだから。気温はそれほど低くない。2月中旬にして8度もあるのだから、其れほど寒いと言う訳ではない。暫く乾いていたから木々は喜んでいるかもしれない。鳥は何処かで雨宿りしているだろうか。そんなことを思いながら、外の甘音に耳を傾けた。

朝食のカフェラッテ。気に入りの、白地に緑の線が幾筋も入ったカップを手に取りながら、ふと思い留まり、それを棚に戻した。違うものを使ってみよう。そうだ、昔、私がアメリカで朝食のカフェラッテ用に使っていた、フランス製クリスタルのグラス。高さがあって、分厚いグラスの底は花の形で、誰もがこれを褒め称えた。これを見つけたのはセカンドハンド、訳あり品、若しくは売り残りの引き取り手のない商品などが流れ込む店で、確か1ドルほどで手に入れた。この店のものは一見ガラクタ。でもその中には埋もれた価値あるものが随分あって、それを探しに沢山の人達が足を運んでいた。あの時の私は違った。私はアメリカに暮らし始めて間もなくて、少しでも節約しよう、けれども必要なものがあまりにも沢山あって、知人が連れて行ってくれたこの店に少し戸惑いを感じながらも、自分の好みに合うものを探そうと思っていただけだった。そのうち生活が軌道に乗ったらば、もう少し質の良いものを手に入れればよいと思って。何しろセカンドハンドだから、どれも埃っぽかった。そうした物に多少の嫌悪を感じながら、しかし見れば見るほど面白くて、そのうち指先が汚れるのも忘れてしまった。そうして見つけたのが、フランス製クリスタルのグラスだった。朝食用のミルクやコーヒーに丁度よさそうだった。目を凝らしてみたが、欠けた部分も無ければ傷ひとつなく、恐らくは何処かのうちの棚の中に眠っていた物であったことが想像できた。そうして何かの理由で、この店に流れ込んだに違いなかった。私はカップよりもグラスが好きだった。そういえばカフェで出されるコーヒーもカフェラッテも、同様にグラスが使われていた。一番初めに借りたアパートメントには必要最低限のものは殆ど揃っていた。アパートメントの大家さんが、気を利かせてくれたらしく、ひとり暮らしに必要な僅かな食器類や調理器具も備え付けられていた。でも、朝食くらいは自分が好んだものを使いたいと思った。贅沢をするつもりはなかったし、贅沢するような余裕はは無からなかったけれど、せめて朝食は、と私は拘ったのだ。豊かな気持ちで一日を始められるように。それを共にする食器くらいは好きなもので、と。今思えば、それが何処かの店の素晴らしいものでなく、セカンドハンドのたったの1ドルほどのグラスであるところが滑稽だけれど、あの当時の私にはそれが丁度良いような気がしていた。たった1ドルの古いグラス。でも、あれから25年経とうとしているのに今でも大切に持っていることを見れば、如何に私がこのグラスを好んでいるかが分かるだろう。グラスに茶色い角砂糖をひとつ投げ込んで、カッフェを注ぎ、更にたっぷりミルクを注いだ。いつもと同じカフェラッテ、だけど器が違うだけで気分が随分違う。嬉しいなあ、嬉しいなあ、と気分良く朝食をとり、ふとグラスを眺めたら随分傷だらけになっていた。25年も愛用したのだから当然だった。傷だらけの私の大好きなグラス。綺麗に洗って清潔な布で磨いた。相棒とよりも長い付き合いの私のグラス。25年間、私が遭遇した良いことも悪いことも、黙って見ていたに違いない。傷だらけになったと言ってお払い箱にする気なく、食器棚の前列の端っこに並べた。まだまだ私と付き合って貰おう。誰が何と言おうと、私はこのグラスが好きなのだから。

月曜日も雨。多分、火曜日も雨。雨が降って喜ぶのは大地と草木。私は、やはり青い空と太陽の光の方が良い。


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コメント

こんにちは。
ほんとによく降ってますね。
春が近いのでしょうか。

グラスのおはなし、すてきです。
どんなのだろうと想像しながら読ませてもらいました。
相棒さんよりも長い付き合いのアメリカからやって来たグラスは大切にされてしあわせですね。
わたしも、そんなものないか探してみよう。
こちらは、今日は雪でした。
今日は世の中には信じられないほど裏表がある人と心からあたたかさを分け与えることができる人と接しました。前者を非常に遠ざけたいと思い、後者には世の中にはこんなあたたかさの人がいるのだと思いました。前者は世の中をわたるのは上手かもしれませんが裏で発する言葉は人を傷つけることだけ、後者はこつこつ努力の人でこんな人はじめて見たと言うくらい努力する人です。
yspringmindさんはイタリアにおられるとことさら感じられますか。人の善し悪しは何で決まると。


2016/02/16 (Tue) 14:46 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。返事が遅くなってごめんなさい。
数日雨が降り、たっぷり雨を吸い取った地面から小さな緑の芽が!この冬は乾燥気味でしたから、自然にとっては恵みの雨だったようです。雨が降った後の空は驚くほど青く、やはり私にも恵みの雨でした。
私のこのグラスは、買ったその日から家に来る人達の人気者でした。幾つものグラスが割れたり欠けたりしながら、そして引っ越しをするたびに様々なものを廃棄しながら、それでも私と共にいるこのグラスです。割れない限りはこれからもずっと一緒。私は好きになると古くなっても全然気にならずに愛用できる人間なのですよ。
裏表のある人はどの国にも居ます。思ったことを本人にストレートに言えない分、うじうじと不満を述べることが多いようです。ストレートに言うことが失礼と思っているようですが、私はそうではないと思いますよ。寧ろ裏で全く反対のことを言う方が、何十倍も失礼ではないかと思います。
私が思う人の良し悪しとは、派手なアクションは必要ないと思うのです。言葉も必要ない。でも、必要な時に適切な手を差し伸べたり、人の喜びを妬むことなく、一緒に喜べることだと思います。これは簡単そうで、実はとても難しい。私もまだ修行中です。

2016/02/20 (Sat) 12:52 | yspringmind #- | URL | 編集

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