一週間の終わりに

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長い長い一週間だった。何処までも続く、終わりのない道のように長かった。途中でくじけそうになった自分を励ましながら、何とか金曜日を終えた昨夕、旧市街でバスの乗り換えるバスがなかなか来ないことをよいことに、ちょっとフランス屋に行ってみよう、と思いついた。店主が居るのは勿論のことだけれど、彼の奥さんがいるかもしれないと思って。私は単なる客でしかないが、そんな単なる客の私は店主夫婦が大好きで、ワインを立ち飲みしながらお喋りする時間をとても大切に思っているのだ。どうってことのない話ばかりだけれど、他人同士が顔を突き合わせて話をすることは、人間味溢れていると言うか、まあ、難しい話は抜きにして、私は大好きなのである。
店に行くと店主と若い女性客が話をしていた。店主はちょっと考えて、見たことのない赤ワインをグラスに注いでくれた。どんなワインを飲みたいのか、店主が私に訊ねることはあまりない。大抵店主が一瞬考えて、今日あるワインの中で珍しいものや美味しいのをグラスに注いでくれるからだ。それはなかなか面白いことで、だからあえて私も今日はどんなものがいいなどと、注文しない。ちょっしとした暗黙の了解なのだ。さて、昨夕の赤ワインは薫り高くで奥行きが深かった。気持ちの良い空の下、広い大地が目の前に広がっている錯覚に陥るような。こんなタイプは今迄頂いたことが無かった。先に居た若い女性客も同じものを頂いているらしく、似たような感想を述べた。一体どの地方のものかと訊ねると、南フランスの、プロヴァンスの小さな村のワインだと教えてくれた。この店に置いているワインは大抵どれもがそうだけど、店主夫婦が実際足を運んで、味見をして、選んだものである。果たしてこのワインも、昨夏車で村から村へと渡り歩いて見つけたもののひとつだった。小さな村で、特別なものなど無い村だった。此処に立ち寄ったのは、しかし、ちゃんとした目的があって、それは彼らの知人がこの村に良いワインがあると耳打ちしたからだった。それにしても、こんな村に本当に良いワインがあるのかと疑ってしまうような、と店主は幾度も繰り返して言う程、どうってことのない村だったらしい。ただ、村は大変豊からしく、彼らが村に入って一番初めに通り過ぎた車がフェッラーリで、その後も次から次へとボローニャ辺りでは目にすることのない高級車が普通に走り回っていたらしい。そうした車で八百屋に買い物に来り、金物屋で雑貨を購入して、店の前から走り去っていく。レストランやカフェの値段はボローニャとは比べようもなく高く、一体どうしたことかと混乱したそうだ。旅行者が来るような村でもない。取り立てて美しいものも珍しいものも無かった。この村の人が普通にここで生活している、と言うのがぴったりくるような村。村全体が、何かで潤っているとしか言いようがないと店主は結論を出したようにきっぱりと言った。驚きながら知人に教えて貰ったのワイナリーに到着したのは12時だった。領主は歓迎してくれたが、これから昼食だからと言って14時半に戻ってくるように言った。仕方がないと再び村の中心に戻ると例の高いレストランに領主が友人らしき数人と楽しそうに昼食をとっているではないか。遠くから十何時間も掛けてやって来た外国人客よりも友人たちとの昼食の方が大切なのかと少々憤慨したが、そうして言われた時間に再びワイナリーへ行って試飲をしたら、そんなことなどどうでもよくなってしまった。という程、これは、と彼らの心を打った。それが私ともうひとりの客のグラスに注がれたワインだった。ふーん、その村、行ってみたいわねえ、と、女性客と私は顔を見合わせて、グラスにをカチンと合わせて乾杯した。私達の為ではなく、この美味しい、プロヴァンスのワインの為に。そんなワインをボローニャに持ち込んでくれた店主の為に。このワインを一本購入した。相棒にも味わってもらいたいと思って。それに、もうひとりの客が欲しいと言って値段を訊いたところ、呆れるほど普通の値段だった。これはもっと高い値段が付けられているに違いない、と信じていたのに。家に持ち帰って相棒に店主から聞いた話と如何に美味しかったかを伝え、特別な晩に栓を抜こうと提案した。そうだね、特別な夕食にしよう、と相棒は言った。特別な晩、特別な夕食。一体何時の事なのか知らないけれど。

暗くなったら東の窓から美しい月が見えた。金色に輝く限りなく満月に近い月。空気が冷たい分、月が美しく見えるのかもしれない。私の生活にはとりたてて素適なことなどないけれど、美しい月を見て美しいと感じる健全な心があって、美味しいワインを美味しいと喜んで楽しめる健康な体があって、これ以上何を望もうか。


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コメント

大地が見えるような想像がかきたてられるワインなんですね。
ほんとにどんな村でしょうね。まだまだ知らないことがたくさんありますね。

月は日に日に表情が違いますね。黙ってみてくれてるんだなと。

こちらは、大雪です。といっても、10センチほどの積雪ですが。
久しぶりに雪だるまをつくり、雪の玉を転がしながら息がきれました。

2016/01/24 (Sun) 16:14 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。このワインは、今まで頂いてきたどのフランスワインとも違っていました。一度そのワイナリーに行ってみたいものです。きっと良い土なのでしょうね。

月はじっと黙って私たちを見守ってくれます。そして私はそんな月に見守られていることを、とても快く思っているのです。静かな夜。物音ひとつしない夜です。

2016/01/24 (Sun) 23:47 | yspringmind #- | URL | 編集
ワイン77

yspringmindさん

こんばんは。
心を打たれた、美味しいプロヴァンスのワインのお陰で、一週間の疲れも吹っ飛んんだのではないですか(笑)
お隣さんともグラスを寄せ合い自然と微笑む、心も豊かさを感じました。
ここ最近、休日の前日はお家で一人酒です。

フランス屋さんのワインのセレクト最高ですね。

2016/01/26 (Tue) 14:41 | すみれ #GYxcADzc | URL | 編集
Re: ワイン77

すみれさん、こんにちは。このプロヴァンスのワインには意表を突かれました。一週間の疲れが飛んだどころか、疲れていたことすら忘れてしまいました。この店でテーブル席に付くのは友人知人と一緒の時だけで、いつもは店に入って直ぐにあるカウンターで立ち飲み。基本的にひとりで入るのですが、此処で立ち飲みする人達と色んな話が出来るので、立ち飲みが好きとも言えます。
ボローニャに来たら、是非立ち寄ってみてくださいね。

2016/01/27 (Wed) 23:04 | yspringmind #- | URL | 編集

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