クリスマスの魔法

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暖かい冬。最近そんな言葉をよく耳にする。確かにそうかもしれない。寒い日もあるけれど、首には襟巻をぐるぐる巻きたくなるけれど、それにしたって昼間は10度を超えるし、霜が降りることもない。ましてや雪が降るでもなく、寒がりの私ですら過ごし易い冬だと思うのだから。山のスキー場には雪があるのかとか、そんなことが気になる時期になった。あと数日で、待望の冬の休暇がやって来る。
数日前、相棒が小さな紙袋を持ち帰った。中にはブルーベリーのジャムと、強いお酒と、クリスマスの時期によく店先で見掛ける強い甘みの菓子が入っていた。聞けば相棒の友人からの贈り物らしい。どれもこれも60何年の人生で一度も外に仕事に出たことのないパトリツィアの手製だった。人生で一度も外に仕事に出たことのないことは、彼女の自慢のひとつだった。豊かな両親の長女として生まれた彼女は、この辺りでも有名なお屋敷に暮らしていた。其処に夫となる若者が現れて、若いうちに結婚した。夫の方も豊かな家の息子だったから、苦労することなく、好きな料理を楽しみながらの生活だったらしい。そして楽しむだけでは物足らなかったらしく、ふたり暮らしには多すぎるほどの量を作って、友人や、彼女が籍を置く教会の人達に振舞って喜んで貰うようになったらしい。私は彼女とあまり会う機会がないし、これと言った共通点もないので好んで話をすることもないけれど、人に喜んで貰うことを自分の楽しみにする彼女のことは案外好きだ。人に何かをする、自分の利益にならないのに誰かのために何かをするのは、口で言う程簡単なことではないからだ。甘い菓子を手に取ってみたら、ずしりと重かった。うーん、パトリツィアの愛情がたっぷり込められている感じ、と言ったら、相棒がお腹を抱えて笑った。

今日は空が青かった。今日は家に居ようと決めていたのに、ふと思いついて15時過ぎに家を出た。旧市街に行く13番のバスはなかなか来なかった。暇だったので停留所の背後に店を構えているモレーノの理髪店を外から眺めていた。モレーノは40歳くらいの男性の散髪作業を終えて、剃刀で髭を整えているところだった。慎重に慎重に、客の注文通りに髭を整える彼の表情は鋭くかった。そうしてうまく整うと、鏡を見ながら客が喜び、モレーノの表情が緩んだ。と、私の視線に気づいたらしく、モレーノが振り向いて、やあ、元気かい、と手を振ったところでバスが来た。バスは酷く混んでいた。旧市街に入ったところですぐに下車した。もうこれ以上、バスに乗っているのが嫌だったからだ。いや、なに、誰と待ち合わせをしているでもない。何処かに行かねばならぬ用事もない。ぶらぶら歩きが目的の、気まぐれな散策なのだ。街を行き交う人達は、着飾っていた。クリスマス前になるとそんな気分になるものらしい。クリスマスを前にして気分が盛り上がっているのかもしれない。街の中心では今週末も骨董品市が開かれていて、大変な賑わいだった。其の中をすいすいと泳ぐようにして通り抜け、いつものバールに行った。菓子のケースを覘いてみたら、驚くほどの品切れで、此処でおやつを頂こうと思っていたからがっかりだった。と、ぷっくりと大きなマロングラッセが奥から出てきた。隣に立っていた夫婦者が目を輝かせて感嘆していた。そして、ふたつ下さいとそれを指さした。彼らもマロングラッセに目が無いらしい。そして私はまるで便乗するかのように、私もひとつ下さい、とそれを指さした。店は繁盛していて活気があったが、店員たちは疲れているようだった。多分朝からずっとこんな調子だったのだろう。私はマロングラッセとカップチーノを堪能すると、頑張ってね、と言葉を残して店を出た。街は何処も彼処も人で埋まっていた。私は人混みが嫌いだけど、しかし、この不景気な時代のこんな風に人が街に繰り出して、楽しそうな表情で歩いているのを見るのは気分が良いものだ。クリスマスの魔法なのかもしれない。そうだ、クリスマスにはそんな魔法があってもよい。帰り際にフランスのクリスマス市に立ち寄った。明日で終わってしまうから、見納めと言うことで。と、目についたもの。フランスのバター。私がパリのアパートメントで毎朝パンと一緒に頂いていたバターがあった。値段は随分高くつけられていたけれど、この機会を逃したら次にパリに行くまで手に入らないだろう。そう思ってふたつ購入した。勘定を済ませている時、隣のご婦人に訊かれた。それ、美味しいの? ええ、とても美味しいの。イタリアのバターとは全然違うの。と、其処まで言って、イタリア人のご婦人が気を悪くするのではないかと心配したが、目を大きく見開いて、彼女はガラスケースの中のバターに酷く惹かれた様子だった。さよなら、フランスのクリスマス市。次の冬までさようなら。

週末は楽しい。週末が楽しく感じるのは、心が元気な証拠だ。家に帰ると猫は寝ていた。ああ、おかえりなさい、と言わんばかりにちらりと目を開けて、また眠りに就いた。よくもまあ、こんなに眠れるわねえ、と言いながら私は思う。そう言えば、昔相棒に同じようなことを言われたことがあったっけ。やあ、君。よくもまあ、こんなに沢山眠れるねえ。


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コメント

こんにちは、yspringmindさん。
写真のひかりが星のようできれいですね。
パトリッツィアさん、うらやましいような。あまいお菓子食べてみたいなあ。
クリスマスのにぎやかさが伝わってきます。
バターは本当においしいのでしょうね。

わたしは、すこしまえに風邪でねこみました。今は治りました。
クリスマスツリー飾りました。さむい季節にいいですね。

2015/12/20 (Sun) 06:36 | つばめ #- | URL | 編集

あと五日でクリスマス。パトリツィアのお話、良いお話ですね。人に何かをする、口で言うほど、簡単ではないことです。でも、私、猫達のためなら、なんでもしちゃいそうです(笑)
昨日、テニス仲間から、美術館で働くことを勧められたのですが、ストレスになるので、お勤めはできないって、お断りしました。主婦をしていると、社会との接点が希薄となってしまいがちで、ボランテイアやテニスのグループ、室内楽のグループに参加することで、自分の位置が見えてくることがあります。もちろん、楽しいことばかりじゃありません。私が、アジア系ってことで、露骨に見下されたり、失礼な発言をしてくる人もいます。でも、後から、互いを少しづつ理解すると、単なる誤解だったってこともあるんですね(笑)
そのように、考えられるようになっただけでも、外の社会に出てよかったって思うようになりました。
yspringmaind様が、週末が楽しい。心が元気な証拠だ。って意見、とても、理解できます。
私も、ここのところ、毎日が楽しい。心が元気な証拠です。

マロングラッセ、美味しそうですね。

今日の気温は、正午でゼロ。寒い日々が、続いていますが、明日から、気温がまた上昇、クリスマスは、17度になる予報が出ています。
そちらも、暖冬のようですね。

2015/12/20 (Sun) 18:11 | キャットラヴァー #mQop/nM. | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。冬の晴天の光は美しいですね。太陽の光に飢えているからなのかもしれません。パトリツィアはこんな風にして社会に参加しているようです。とても良い人ですが、働いたことがないうえに金銭的に恵まれていることもあり、金銭感覚はいまいちなようですよ。
デンマークのバターが美味しいと思っていましたが、フランスの方が上でした。日本では簡単に手に入るのでしょうね。日本で手に入らないものなんてあるのかしら、と思う程、何でも手に入りますからね。見つけたらぜひ試してみてください。

2015/12/22 (Tue) 22:16 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

キャットラヴァーさん、こんにちは。そうして今ではクリスマスまであと3日となりました。
人に何かをするのは口で言うと格好がいいのですが、簡単ではないですね。だからそれを実践する人、出来る人は素晴らしいなあ、と思うのです。猫達のためなら何でもする? 素晴らしい。それも口で言うほど簡単なことではないと思いますよ。
美術館で働くことを薦められたんですか。いいですねえ。私なら今の仕事を辞めて直ぐにそこへ行きたいです。
”主婦をしていると、社会との接点が希薄となってしまいがち”というのは案外本当かも知れません。だから進んでボランテイアやテニス、室内楽のグループに参加するキャットラヴァーさんは、とても前向きだと感心しました。前向きな気持ちでいることも簡単なことではありません。どれもこれも言うのは簡単、でも実行するのは本当に難しいのです。
ところでそちら、クリスマスに17度になる予定って本当ですか。ボローニャのクリスマスはせいぜい上がって10度ですが、其れだって例年に比べれば断然温暖なのですよ。

2015/12/22 (Tue) 22:25 | yspringmind #- | URL | 編集

素晴らしいコメントありがとうございます。
私にとって、最高のクリスマスプレゼントになりました。
涙が出てしまったくらい、心に響いたコメントです。

そう、クリスマスは、今の時点では、17度と予報が出ていて、明日は、18度となっています。

yspringmind様が、素晴らしいクリスマスを過ごされることを、祈っています。
そして、愛らしい猫ちゃんもです。

私の美術館勤務のお話については、後ほど、お話致しますね。

Merry Christmas.

2015/12/23 (Wed) 03:05 | キャットラヴァー #mQop/nM. | URL | 編集
Re: タイトルなし

キャットラヴァーさん、言葉というのは不思議ですね。人を喜ばせたり悲しませたりする。私の言葉がキャットラヴァーさんにとって良い言葉だったと知って、私も嬉しくなりました。有難うございます。
気温は7度ほどでそれほど低くないけれど、身に深々沁みるような冷たさです。ボローニャの街が静かになってクリスマスを迎える準備が出来たようです。
Buon Natale.

2015/12/24 (Thu) 19:59 | yspringmind #- | URL | 編集

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