特別な存在

DSC_0017 small


14年前の今頃、初めてブダペストを訪れた。女友達に会いに。いや、私は少し前に相棒と大喧嘩をして、仲直りしたふりをしていたが心の底ではちっとも同意できなくて、数日ボローニャを離れようと、ある晩、思いついて彼女に電話をしたのだ。航空券はもう予約したこと。何処か適当なホテルを知らないか、と。彼女のところに転がり込む気はさらさらなかった。彼女にだって仕事があり恋人との生活があるのだから。けれども是非とも泊まってほしい、さもなければ一緒に居る時間があまりにも少なすぎるから、ということで彼女と恋人の家に滞在することになった。あの当時の私は、ハンガリーと言う国をあまりに知らなかった。社会主義の名残がまだの頃っているのではなかろうか。水やガス、電気は大丈夫なのか。食料品はごく普通に手に入るのだろうか。そんなことを考えては彼女と恋人のところに転がり込むことが心苦しくてならなかった。2001年の事である。
夜遅くに空港に着いた。私達はアメリカで知り合って以来の仲で、こうして会うのは95年以来のことだった。互いに色んなことを通過してきて少し疲れてはいたけれど、私達は今も仲間であることを確認し、異常に嬉しくて抱き合った覚えがある。恋人は遅い時間過ぎて空港の花屋が閉まっていたから、手ぶらで迎えに来てしまったことを詫びた。それを聞いて、花をもって迎えに来るつもりだったのかと、感動したことも覚えている。どれもこれも随分昔の事なのに、とても新鮮な出来事だったから、まるで昨日のことのように覚えているのだ。寒い晩だった。空港から車で家に向かう途中、恋人が気を利かせて、美しい通りを選んで走ってくれた。これがアンドラーシ通り。きっと君が気に入ると思って。英雄広場から真っ直ぐ走る大通りアンドラーシ通りは、街路樹と言う街路樹に金色のライトの衣を着せていて、夢のように美しかった。彼が言う通り、私はそれを一目で気に入って、それ以来私はこの街に足を運ぶたびにアンドラーシ通りを贔屓にした。あれは経った4日ほどの事だった筈だ。なのに私の記憶には驚くほどのことが残されている。彼らの家は古い古い建物で、灰色の外壁には銃弾の穴なども存在して、その昔辛い時代を確かに通過したことを物語っていた。かと思えば、街中には華やかだった時代の由緒あるホテルやカフェが毅然とした表情で残っていて、それから昔の豊かな人々の屋敷も当たり前のように残っていて、その昔、この国の市民の生活が極端に二つに分かれていた様を目の当たりにしたような気がした。でも、街の人達はそれをどうこう言うでもなく、とても地道で、とても前向きで、他人に親切で、私はボローニャからあんなことくらいで逃げ出してきたことを恥ずかしく思った。
帰る日は酷く寒かった。彼女が空港まで見送ってくれるとのことで、地下鉄とバスを乗り継いで空港へ行った。午前10時くらいのことだ。それにしても寒い。水溜りが凍っている。酷く乾燥していて、顔の皮膚がチリチリ痛かった。すべてがパリンパリンとした感じで、いやあ、今朝は飛び切り寒いね、と言ったところで駅の入り口のデジタル温度計を見ると、氷点下15度だった。こんなところに平気で暮らしている彼女に驚き、これが帰る日のことで良かったと幾度胸をなでおろしただろう。
12月になると何故かブダペストに足を運びたくなるのは、そんなことがあったからだ。寒い寒いと言いながら、美しいアンドラーシ通りを歩く喜び。恐ろしく青い空に吐いた息が白い煙のようになってのぼっていく。広場で暖かいワインを立ち飲みして、クリスマスの市場を見て歩く。文句ばかり言っていないで感謝することを、私に思い出させてくれた街。私はこの街に一生感謝の念を忘れないだろう。私にとって特別な存在の街なのだ。

ボローニャ旧市街で見つけた絵。誰が描いたのか知らないけれど、なかなか良い。これに足を止めて眺める人が居ないのが、私には不思議でならない。


人気ブログランキングへ 

コメント

こんにちは、yspringmindさん。
いま、その気持ちがとってもわかります。
そう、駆け出したくなる気持ちを押さえている。たまにありますね。
びゅーっと、飛行機に乗って世界を一周したい。寒くなったからですかね。

ハンガリーって、きっとやさしい町なんですね。町も村も、それぞれたどった時間がありますね。最近思うに、つらい時間をよくしようとたどってきた場所は、よくなってるなということです。

2015/12/07 (Mon) 07:44 | つばめ #- | URL | 編集

うああ この絵 すごく面白いですね。鳥獣戯画とも少しちがう主題との距離のとり方。それにしてもおサルの脚の毛並みまで。。。なんだか ミノタウロスなんかも思い出してしまいましたよ。色使いもおもしろいなあ。

ハンガリーは行ったことがありません、なんだか北の方に行ったことが無いのです。いつも夢に見るのはここより南の風景で。

リヨンも冬の霧が立ち込める季節になりました。でも昨日はとても天気が良くて 広場にはクリスマスの市がでて、ミニ動物園もできて 回転木馬も帰ってきて なんだか楽しい一日でした。夜になって地方選挙の開封結果を聞き あのテロの影響で極右が躍進したのをしり、かなりショックを受けています。外国人居住者として わが身にも直接関係が有ることでもあり、閉じることで 排泄することで 安全がえられるとは思わないからです。
地道に他人に親切に 心がけたいです。

2015/12/07 (Mon) 09:07 | kimilon #aKMr6UbQ | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、こんにちは。飛び出したくて飛び出せること、飛び出せたことを今は眩しく思えます。それは簡単そうで、でも案外勇気のいることなのかもしれません。
ハンガリーは、私にとってはとても優しい国です。病気になったことのない人は病気の辛さが分からない。それと同じなのかもしれません。辛いことを経験した国の人は、人の辛さが分かるのかも知れませんね。

2015/12/09 (Wed) 00:42 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

kimilonさん、こんにちは。あ、この絵の面白さ、分かって頂けますか。猿の左手には実は熊が居まして、皆それぞれきちんとした装いでなかなか良い靴を履いているのです。そしてワインを飲む。それから色がいいでしょう?いったい誰の作品なのか。何時か会ってみたいものです。
ハンガリーは一度行って気に入ると病みつきになる国です。勿論まさかこんなに病みつきになるとは、私の友人ですら思っていなかったようですが。
私達は、幾ら十何年、何十年住んでも、やはり外国人居住者なのですよね。いつもは忘れているけれど、ふとした時に思いだして、自分の身をどうやって守るか、自分の場所をどうやって確保するかを問われているような気分にさせられます。難しい問題なのです。

2015/12/09 (Wed) 00:49 | yspringmind #- | URL | 編集

ほんとにつらいことにあった人はそのつらさがわかる。そうですね。
なんで、日本は忘れてしまうのでしょう。
世代が変わると、沖縄のこと、広島のこと。
昨日、ニュースで沖縄にディズニーランドを作ろうかと政府が考えているとありました。
もっとやることあるだろうと思うのですがね。
ハンガリーはやさしい国と感じられたのですね。
あ、わたしはまだ、飛び出す勇気あります。

2015/12/10 (Thu) 07:31 | つばめ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

つばめさん、忘れられるような痛みであることは幸運です。ハンガリーに関して言えば1990年代初めにやっと解放されたと言う、実に最近のことですから若い人ですら知っているし覚えている訳なのです。そうしていつか忘れる日が来たら、それはそれで幸せなのかもしれないと思いますよ。

2015/12/12 (Sat) 18:11 | yspringmind #- | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する